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1.缶ビールとおつまみとそしてパソコン。

 落ちていく。どこまでも落ちていく。

 右も左も判らない状況に陥りながら、私はどこまでも落ちていった。

 どういうわけなのか、手足の感覚すらない。ただ落ちていることだけが解る。


 なぜこんなことになってしまったのか。

 いつも通りに今日の仕事が終わって、アパートの自宅に帰って、パソコンの電源をつけたのは覚えている。

 そう、サービス開始から六年間継続してプレイしているMMORPGを起動して、メイクも落とさず缶ビール片手に遊んでいたんだ。


 そしたら、突然ふわっとした感覚になって、座っていた椅子とパソコンラックごとどこかに落ちてしまった。

 足元に穴が空いた。そうとしか考えられない状況だった。


 そして、私はどこまでも落ちていく。

 いや、今の私は私なのだろうか。身体の感覚はなくなり、代わりに溶けて周囲と混じり合ってしまったような恐ろしい感覚がある。

 服と、パソコンラックと、愛用のパソコンと、缶ビールと、おつまみと、落ちた全ての物と混じり合ってしまった感覚。


 って、なんじゃそりゃあ。混じり合うにしても、もう少し程度って物があるでしょ! ビールと混じり合うってちょっとひどくないか!

 そんな憤りを感じていると、突然落下が終わった。

 衝撃はない。これだけ長時間落ちたなら落下の衝撃で五体バラバラになっていてもおかしくはないのだが……、今の私は溶けてしまって実体がないから無事だったのだろうか。だとしたらラッキーだね。


 周囲を私は見渡した。目はないけど、どうやら視覚はあるようで、周りの状況が見てとれた。

 場所は、うーん、なんというか、草原のど真ん中に作られた祭壇? 空は晴れていて、風が吹いている。


 そして、不定型な何かになっている私の前に、一人の人間が立っていた。

 しらがのおじいさん。ひげもじゃで、何やらファンタジー映画に出てきそうなローブを着て、木の杖を持っている。そのおじいさんは、何やら大きな声で訳の解らない言葉を喋っていた。


「――――!」


 あっ、これ、言葉が通じないってやつですね。やべーな、日本じゃないどこかに落ちちゃったのか。あんだけ長時間落ちたんだから地球の裏側のブラジルかな? まあそんなわけないのは解っているけどね!


「――――!」


 って、あれ、やばいやばい! なんかおじいさんに、私の中にある何かが吸い取られている!

 私らしき何かのもやもやした塊から、おじいさんの掲げる杖にぎゅんぎゅんと何かが吸い取られていく。

 やべえ、これやべえ。止まれ、止まれ、止まれ!


「――――!?」


 よし、止まった。危なかったー。なんだか、私の存在そのものを吸われていた気がするんだよね。

 おじいさんは、そんな私に怒りの表情を向けている。


 ふーむ、よし、こいつは敵だな。老人虐待は趣味じゃないが、おかえしに一発殴り返してやる。

 そう思った瞬間、不定形の私の中に、拳が生まれた。

 えっ!? 人間の拳だよこれ。なに? 念じれば身体を取り戻せるの?

 試しに右足を……出た! すげえ! じゃあ尻尾を……マジかよ尻尾が生えたぞ!

 でも尻尾はちょっと無いな……そう思ったら尻尾が消えた。えっ、もしかして思った通りの形になれるの私。

 それじゃあ、そうだ、さっきまで遊んでいたMMORPGの自キャラクター、『なぎっちゃ』よ生まれろー!


「――――!?」


 不定形だった私は、ふわふわしていた感覚から一人の人間の感覚を取り戻した。広がっていた感覚が、一つにまとまった感じになる。


「あ、マジ? なぎっちゃになっちゃったじゃん。うわー、この衣装、大賢者のローブだ。高度なコスプレー」


 自分の姿を見下ろすと、仕事帰りの服装ではなく、パソコンのモニターでよく見ていた格好をしていた。MMORPGの自キャラクターの装備品だ。

 これはもしかして、魔法とか使えちゃったりするやつ?

 私は腰に鎖で吊り下げられた一冊の本を手に取った。叡智の大図鑑。自キャラクターの職業である『大賢者』の装備武器だ。これがゲーム通りのスペックなら、高い威力の魔法を放てることになる。

 でも、魔法ってどうやって撃つんだ?


「――――!!」


 魔法について考えを巡らせていたときのこと、おじいさんが突如(とつじょ)、金切り声を上げて、こちらに杖を振りかざしてきた。


 え?


 私が呆けていると、おじいさんは杖の先から黒い炎をこちらに向けて飛ばしてきた。

 そっちが魔法使うんかい!




◆◇◆◇◆




 地球から別の世界に落っこちたら、MMORPGのキャラクターに変身してしまった。


 唐突だが、今の私はそんな途方もない状況にいた。

 私の名前はナギサ。二十六歳。東京在住でコンピュータ関連の仕事をしている女だ。そう、私は東京に居たはず。

 なのに、今、異世界でMMORPGのキャラクターが持つ機能である、ヘルプを読んでいるのだ。


 ヘルプによると、ここは、『エルトミナール』という世界。私が住んでいた地球よりも下位にある世界らしい。

 地球とエルトミナールには世界的な格差や落差がある。そのため、地球からエルトミナールに落ちた存在は、その差により膨大なエネルギーを持つようになる。

 そのエネルギーで私は『なぎっちゃ』を再現してこの世界の肉体とした。


「ヘルプすごいな……頼りになる」


 私はヘルプを読みながら、そう独りごちた。


 なんで知らない異世界の事情がヘルプに詳しく載っているかというと……、あのおじいさんが私に攻撃してきたので、逆にとっちめてやって彼の持つ情報を吸い取ったのだ。


 私のキャラクターの職業『大賢者』は、瀕死にしたモンスターの身体を図鑑に取り込み、対象の情報を得て閲覧することが可能なのだ。

 その技能を使って魔法でボコボコにしたおじいさんを本に閉じ込めた。

 図鑑に載るのは、本来ならモンスターの名前やステータス、弱点、生態といった情報のみだ。


 おじいさんは見た目が人間っぽかったので、図鑑に取り込んで情報を手に入れた後、解放してあげようと思っていた。

 だが、図鑑に載った生態によると彼の正体は、世界の破滅を企む邪悪な神らしい。なので、この世界の平和のためにおじいさんは完全吸収して大賢者の経験値になってもらった。今の私はゲームキャラクターなので、経験値とかの要素があるのだ。

 どうやらその完全吸収によって、邪神である彼の脳内にある全ての情報が、ヘルプという機能に変換されたようだった。


 そういえば、大賢者には吸収した相手の知識を取り込む能力があるというフレーバー的設定が、ゲーム中で語られていたような気がする。

 本当にゲームキャラになっちゃったんだなぁ、私。


 しかしだ。非現実のキャラクターに変身するという無茶をしたのにもかかわらず、地球から落ちてきたことで得られたエネルギーが、私の中にまだ大量に残っている感覚があった。


 地球から落ちてきたのは、私だけでなく、パソコンラック周辺の全ての物だ。ボーナスをつぎ込んだ高性能パソコンに、缶ビールに、おつまみのイカ塩辛が乗った皿と箸。ディスプレイにマウスにゲームパッドもある。あ、あと椅子ね。

 それらが全て一度エネルギーに変換されて私と混じり合ったため、その分のエネルギーが今の私に宿っているのだ。


 邪神の脳内情報を参照したヘルプによると、上位の世界から落ちてきた存在は、この世界において創世の力と呼ばれる何物にでもなる超凄いエネルギーになるらしい。

 だが、エネルギーのままよりも何か形を定めてしまった方が、安定して運用しやすいようである。

 創世の力を形にした物体をこの世界では神器と呼ぶとのこと。


「缶ビールにおつまみにパソコンねぇ」


 うーん、一つずつ消化していこう。とりあえず、私の中でエネルギーとなって混ざり合っていることがどこか気持ち悪く感じる、缶ビールとおつまみを私から切り離して神器にしてしまおうと思う。


「無限に酒が湧く酒杯と、無限におつまみが湧く皿になれー」


 念じながらそう口にすると、私の中から何かが抜けて、代わりに両手に杯と皿が現れた。

 金色に輝く謎の金属でできた、まさしく神器と言える品だった。


「ワインよ湧けー。チーズよ出ろー」


 すると、杯に赤ワインが満たされ、皿の上に切り分けられたチーズが現れた。

 私はさっそく、ワインを口にする。美味しい! えっ、コンビニワインと全然味が違うんですけど!?


「これは危険な神器を作ってしまったかもしれない……」


 大事に保管しなければ。ああ、そういえば今の私はゲームキャラクターだけど、『アイテム欄』はあるのかな。ゲーム中で手に入れたアイテムが自動で保管される場所。

 そう私が考えると、目の前に見慣れたアイテム欄の画面が現れた。おお、しかもゲームで持っていたアイテムがちゃんとアイコンで表示されている。

 私は、そのアイテム欄の画面に右手に持った酒杯を押しつけてみた。すると、画面に酒杯が飲み込まれ、画面の中にアイコンとなって表示された。


「おおー。なんでも持ち運び放題じゃん。このゲーム、重量の概念無かったし。チーズも美味しっ」


 あ、じゃあ『倉庫』はどうなったの『倉庫』は。アイテム欄には二〇〇スタック(一スタックあたり同一アイテム九九九個)までしか物を入れられないから、その他の持ち物はゲーム内機能である倉庫に入れていたんだよ。

 と、そんなことを考えたら倉庫の画面が目の前に開いた。


「マジでー……。ゲーム中のアイテム、神器って言って良いようなスペックのアイテム普通にあったんだけど、全部あるんだー……」


 死んだ仲間を蘇らせる回復アイテムとか、死んだことを無かったことにする課金アイテムとか、倉庫の中にごろごろ入っているぞ!

 私はどういうわけか、それらのアイテムが、きちんと取り出せて効果を発揮することを確信していた。私が創世の力というエネルギーを使って自分自身で作りだしたからだろうか。


 そして、そんな創世の力は、まだパソコンとパソコンラックと椅子の分残っている。ついでにマウスとキーボードとゲームパッドと箸と着ていた服もね。

 エネルギーの状態で保持していてもいいのだが、私はこの力の使い道を一つ思いついていた。


「やっちゃうか……」


 私は創世の力から新たなる神器を作り出すことに決めた。まずは、周囲を見渡して誰もいないことを確認。

 私が今いるのは屋外に作られた邪神の祭壇で、その外側は何もない草原であった。

 どうやら、知的生命体は周囲にいないようだ。なので、私はここで新たな神器を作り出すことに決めた。


「衣は倉庫にアバターコスチュームが一杯。食は無限のおつまみと酒が。なら、あとは住。……いでよ! ホワイトホエール号!」


 パソコンの中にインストールされていた宇宙冒険ゲームに出てくる、星間航行・次元航行が可能な宇宙船。

 邪悪な神が出てくるファンタジーな世界に似つかわしくない、SFの産物。

 それを私はパソコンとパソコンラックと椅子の分のエネルギーを使って生み出していた。


「マジで、できちゃったー……」


 草原の上に、全長百メートルの宇宙船が突如、現れた。


『システムオールグリーン。生み出してくださりありがとうございます、マイマスター』


 宇宙船ホワイトホエール号から、そんな音声が草原に流れる。おそらく、管理AIの『イヴ』だ。


「あなたはイヴかな?」


『はい。ゲーム中のテキストデータ内にある『イヴ』の台詞をもとに人格を構築し、マスターの知能を参考にして新たに作り出された人工知能、イヴです』


「おおー。中の設備もゲーム通りかな?」


『ゲーム内の設備の他にも、様々な快適設備が追加されています』


 すごい! 私はさっそく、ホワイトホエール号の中に乗り込んだ。

 はー、SFチックだわ。


 謎の金属で作られた様々な設備を眺めながら、私はゲームで見た通りの廊下を進み、操縦室までやってきた。


「イヴ、飛べる?」


『問題ありません』


「地球へは行けるかな?」


『地球がある世界と繋がっている感覚はありますが、位置が把握できません。地球がこの世界より次元的に高い位置にあるという情報が確かならば、おそらく移動は不可能です』


「次元航行できるホワイトホエール号でも、無理かー……」


 実はおじいさんを吸収した後、私の自キャラクターの職業『大賢者』が使える転移魔法を試したのだが、地球には行けなかった。だから、この船の航行能力には少し期待していたのだけど。

 この世界ではオーバーテクノロジーな宇宙船でも、地球ではしょせんはただのパソコンでしかないってことだよね。穴に落ちたパソコンが、穴の底から自力で這い上がってくるはずがないってわけだ。


『地球への帰還は困難なため、どこかの世界で定住することをお勧めいたします』


「仕方ないか。まずは、今居るこの世界がどんな世界か調べようかー。ヘルプを見る限りだと、この世界には人間がいるらしいんだけど……」


 このヘルプも、邪悪な神一柱分の情報を取り込んだだけで、どこまで正確かは怪しい。


『軌道上に上がり、地表を調査いたします』


「よろしくー」


 そういうわけで、私はこの落ちてきた世界に留まることとなった。

 地球には帰れないか……親からは独立したし、仕事にこだわりがあったわけでないから、転居は構わない。だが、そこが異世界というのはどうなんだ。


 ホワイトホエール号があるから快適な生活には不自由しないだろうけど、趣味となる娯楽が存在するかどうかにはこの世界の文明レベルの高さに期待するしかない。

 地球のゲームの続きができなくなったのは残念だけど……でも、ゲームのキャラクターになって好き放題魔法を使えるというのは、ちょっと今後が楽しみかもしれない。


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邪神ゲットだぜ!
[一言] むしろなぎっちゃが神器( ˘ω˘ )
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