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Undying Prayer  作者: Solne
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3話:夢の街-4

 ラエティティアの住まうという館に向かう前に、アルケーとシエルは街を散策することにした。二人で決めたというよりも、アルケーの我が儘にしぶしぶシエルが付き合ったという形である。そもそも、シエルは外に出ることを拒んでいた。それは外出に適した服がないとの理由からだった。彼女が愛用しているコートやズボンは、今はトゥレナの手によって洗濯されていたのである。それこそはトゥレナの厚意であったわけだが。

 そういうわけで、彼女は簡単な作りの部屋着のローブに着替えていた。しかしそのことを理由にすると、トゥレナはこう言ったのだ。


「あらあら、綺麗なのに勿体ない! ほらほら、女の子は着飾ってなんぼよ!さぁはやく!」


 そうしてなされるがままに、まるで着せ替え人形のようにあっという間にドレスの着付けをされ、今に至る。

 赤を基調としたロングドレスはシンプルであるが、だからこそ上品であり、露になっている両肩は白く、首元には白い落ち着いた輝きの宝石がある。美しく纏められた銀の髪には、真赤な花が飾られていた。白い眼帯が着けているが、それを補って余りある美貌は十人いれば、男女問わず目を惹くことだろう。彼女の姿はもし某国の姫君であると言われても、それを嘘だと笑い飛ばすことは出来ず、そんなことをするよりもただただ見惚れてしまうだろう。ムスッとした不満そうな表情も不思議と魅力的だ。

 人々には、彼女の手を引っ張って前を歩くアルケーが天真爛漫な小姓に見えるはずだ。

 二人は街のど真ん中の通り、丁度ラエティティアが住まう館が先に見えるそこは、多数の露店や喫茶店、花屋や服屋が立ち並び、真白い太陽と青い空の下人々は活気に満ちていた。どこからか肉を焼く食欲を誘う香りや、パンの香ばしい香りがふわりと鼻に届いた。

 この街には外界に漂う悲壮な雰囲気は少し感じられない。むしろ不自然なほどだ。隔絶された楽園のようであった。


「あれたべたーいっ!」

「ちょ、ちょっと引っ張らないで……この服動き辛いの」

「シエルはやくーっ!」


 アルケーは久しぶりの享楽にすっかりはしゃぎ、シエルの腕をしっかりと掴んで、片方の手にはトゥレナから借りた小遣い袋を握りしめていた。彼の標的となったのは分厚い串焼き肉であった。


「おじさん! ひとつ、いや二つくださいな!」

「あいよぉ!」

「ちょっと、勝手に頼まないで!」

「えぇ? シエルはいらなかった?」

「はい、お待ちぃ!」


 二つ手渡された内、アルケーが思うに少し大きい方を差し出す。湯気を上げる熱々の肉は、シエルを誘惑し落とすには十分であった。魅力的で美しい唇を子供のように少しだけ尖らせた。そうしたって美人だ。


「……いる」

「はい、どうぞ!」


 アルケーは自分の分を頬張る。厚い肉を噛み締めればじゅわりと口一杯に肉汁が溢れる。頬が落ちるとはこの事か。深い感動の海に飛び込んだようだった。ピリリとした香辛料も相まって、止まらぬ美味さだ。


「……ん、おいし」


 シエルからも思わずといったような呟きがあがり、恥ずかしそうに口を押さえた。にやついたアルケーに苛立たし気な目を向けて、しかし、言葉に出さない。彼女が近くのベンチに腰かけると、アルケーもその隣に座り、度々顔を綻ばせて食べる。

 道の向かい側では人の集まりがあって、楽しげな音楽と陽気な笑い声と歓声を上げていた。派手な道化師の格好をした大道芸人達がその中心にいる。何やらを言うとぶわっと笑いが巻き起こった。


「……アルケー」


 シエルは人の群れをぼんやり眺めながら言った。


「なぁに?」

「あなたがここにいたっていうのは、いつの話?」

「うーん、それはねぇ……僕にもわからないや」


 あはは、と曖昧に笑って辺りを見回した。


「僕がいた時も、こんな感じのあかるい印象だったなぁ。といっても、見て回ることは出来なかったんだけどね。でも全く同じに見えるよ。道化師たちがいるのがちょっとマイナスポイントかなぁ」

「……ここはどうにもおかしい。まるで良くできたジオラマみたい」

「んー? でもさ、皆楽しそうだよ。あんなに楽しそうにしてる。どこからか笑い声が聞こえて、なんだか良い香りもする。それって結構すごくて素晴らしくて、とっても良いことだと思うな。串焼きだって美味しかったし、でしょ?」


 口の周りに肉のタレが付いていたことに気づいて、シエルは指で拭う。ぺろりと舐め取ろうとしてアルケーの視線に気づき止める。彼から「はい」と渡されたちり紙を受け取ってしっかりと拭き取った。


「ね、次はあそこの……」


 彼がそう言って立ち上がろうとした時だった。二人の前に、ぬっと二人組の男が立ちはだかった。身なりはそこそこの良さで、けしてみすぼらしい訳ではない。気の良さそうな笑みを浮かべてはいるが、その下から下衆な思惑が滲むようであった。腰に差した短剣の鞘が、異様にギラリと輝いた。

彼らの目はアルケーには向けられていなかった。


「やぁ! こんにちはお姉さん」


 シエルの冷たい瞳を見ても動じないのは慣れているからか、それとも確かに存在する感情に全く気づかないほど愚かであるからか。怪訝な顔をしたアルケーが何かを言う前に彼らによってグイと押し退けられ、男達はベンチに腰かけるシエルに詰め寄った。その視線はシエルの胸元から首筋を舐めつけるようにした。


「お姉さん、スッゴい美人だねぇ、どっかのお嬢さんかい?」

「おい、突然失礼だろ。すいませんね、こいつどうしても声かけたいっていって聞かなくてよぉ」

「悪い悪い。それでさ、ちょっとだけでいいからお茶しない? うまい甘味もあるとこ知ってんだ。どう、お姉さん?」

「……断る」

「まぁまぁ! ほんのちょっとだけでいいからさ!」


 男の片方が乱暴な手つきでシエルの細腕を掴んで、体を引き起こして無理やり立たせる。アルケーが抗議の声を上げるが無視する。

 大道芸に釘付けだった群衆も、ちらほらとその騒ぎに気づき始め、ちらちらと心配そうな、あるいは野次馬のような視線を向けていた。


「大丈夫だって、きっと楽しいぜ?」

「さぁさぁ、行こ行こ!」


 彼らはシエルをグイグイと引っ張っていく。片方は彼女の滑らかな首筋と肩に指を滑らせ、片方は細い腰に腕を回す。

それが失敗だった。彼らは侮っていたのか、それとも慣れからくる慢心に満ちていたのか。おそらくはそのどちらともであろう。

今回標的にした女は並大抵の女ではないということを感じとることができなかった。その美しさのみに目を奪われて、同時に秘める純粋な力の差に気づくことができなかったのである。

 アルケーが止めようとしたのは男達ではなかった。


「ダメだよ! 危ないことしちゃダメだからね!」

「さっきからなんだぁ、このガキは。いい加減にしないとこいつで黙……」


 男の一人が腰の短剣に手をかけた瞬間、その体が宙を舞った。

 それを見ていた者達は、それがまるで幻や嘘のように思えただろう。それほど呆気なく簡単なことだったのだ。

 もう片方の、腰に手を回した男は口をあんぐりと開け目を丸くして、自分が連れていこうとした女と倒れ呻く相方を交互に見た。


「な、なにすんだこのアマァ!」


 彼の決断は早かった。握られた拳は振るい慣れたものであった。だが彼の拳は軽く弾かれてずらされ、空を殴り付ける。二発目も容易く避けられてしまう。


「くそっ!」


 毒づき、抜き放った短剣は白い光を反射しギラついた。

 気づけば周りには、距離を置いて様子を伺うように人だかりができようとしていた。彼らの内から押し殺された悲鳴が幾つか上がり、どよめいた。

 切っ先を向けられたシエルは表情を動かすこともしない。氷の視線をただ向けた。


「このっ……!」


 ガラの悪い男はそれだけで浮足立っていた。鋼の刃を向けられて怯えぬものなどいなかったからだ。それでも既にダイスを投げてしまったのである。全体重をかけて突き出された短剣は、大きく広がった赤いドレスに引っ掛かり、それを切り裂く。美しい肌に傷はない。

 裂かれて作られたスリットから伸びた長くしなやかな足が大きく弧を描き、男の側頭部を完璧に捉えた。それは爽快で痛快で、美しさすら存在した。

 吹っ飛んだ男がドサリと地面に落ちるその時まで、時間は止まったようだった。


「ふぅ……」


 彼女が息を吐いた瞬間、わぁっと拍手と歓声があがった。


「いいぞーっ!」「すげぇっ!」「素敵!」「かっこいいっ!」「どなたなの!?」「美しい方!」


 群衆はシエルを取り囲み拍手喝采、握手を求めたり、はたまたは胴上げをしようとしたり。倒れ伏した男は気にもされずに踏みつけられ、か細い悲鳴が聞こえてくるだけだった。


「あんた凄いな!」「素晴らしいわっ! お名前をお伺いしても?」「さぞ名のあるお方なのだろうなぁ!」

「いや、あの……」


 シエルは賛美を口々にする彼らにすっかりたじたじだ。人混みに押され、シエルにはアルケーの姿はわからなくなってしまった。

 と、空に爆音と共に花火が咲き誇った。それはこの世の全てを祝福するように広がって、人々の目を奪った。見れば道化師達によって打ち上げられているのがわかった。


「ほいほいっ! お客様らを取らないで欲しいねっ! そりゃそりゃ、寄ってらっしゃいな! これなるは世にも珍しき、空に咲き乱れる火の花束にござい!」


 見得を切った瞬間、彼の背後に立ち並ぶ太い筒から次々と空を色とりどりに輝く花火が打ち上げられた。

 人々が新しい興味に気を取られ、全ての目が上に向いたとき、シエルに静かに声をかける者がいた。


「こちらです……どうぞ、お早く……」

「あ、あぁ」


 するすると人と人の間を影のようにすり抜け、案内されたのは人気のない路地裏だった。そして、彼女を案内したのは、仕立ての良いが古い給仕服に身を包んだ老紳士であった。

筋肉少女帯が好きです。小さな恋のメロディが好きです。

きっと地獄なんだわ

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