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Undying Prayer  作者: Solne
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1話:不運な出会い-1

 

 幾人かの勇士の活躍により、遂に諸悪の根源の処刑が行われる。何本もの槍先が悪の腹を貫き、神秘の炎が魔を浄化する。奇跡によって造られた毒液が頭上から流されソレの傷口をさらに爛れさせる。

 元は同じもの、似たものだったというのに、もはやソレは明らかに別のものになっていた。体を自ら手放したというのに愚かにも夢を語り、多くを巻き込んで多くが消失させた。


 愚か者にあらゆる罰が与えられる。火と硫黄の雨が降り注ぎ、毒の水に沈められた。限りない光が彼を焼き、底無しの闇が彼を蝕んだ。

 だが彼はまだそこに在った。矮小な肉体は、人々と比べれば吹けば飛ぶ程だというのに。


 歪んだ道化師達が嗤うのが天上から全地、混沌の中にさえも響き渡った。


 それを啓示として、人は彼を原初の混沌へと沈めることとした。そしてその最期に、彼は遂に断末魔をあげた。或いは至上の歓喜の雄叫びだろうか。


 ”遂に訪れる。真なる人の時が訪れる。歓喜せよ。我らは愛しき苦しみによって、不死たる世界へと還る。その果てに、願いは成就する”


 彼の断末魔の意味を、人々は後に知ることになった。


 そして、世界はここに成り立った。人は人である。獣は獣である。そのように創り直された。

 だが、暴力的な改変、彼の消えない意志は、新たな世界に歪みをもたらしたのである。



 ◇




「ん、んん~! 今日もいい天気だぁ!」


 少年は大きく伸びをして起き上がる。彼はいい天気だというが、白い太陽は今にも暗い雲に飲み込まれてしまいそうだ。彼がいるのは屋根も壁もない人為的に掘られたような窪地である。灰色の葉を持つ背の高い木が立ち並ぶ森林だ。地面は腐葉土でふかふかしているが、その表面には気味の悪い多足の虫が這いずっていた。更には、ぶんぶんうるさく周りをハエが飛び回っていた。

 一言で言えば、そこはゴミ捨て場であった。ひどく不快な生臭い匂いがして、常人にとってそれは最悪な目覚めであることは想像に難くない。


「やぁやぁ、おはよう!」


 少年は能天気な調子でそう言った。特に誰に言ったわけではない。周囲にあるのは、確かに人間であった物、残骸であり、返事を返すわけなんてなかった。もちろん、話が出来るのならばそれに越したことはない、と彼は常々思っていた。

 ぼさぼさの黒い髪を掻き上げれば、泥や葉っぱに混じって乾いてぱりぱりとした赤黒い何かが落ちた。そうして彼は立ち上がったのだが、自分の上着が大きく裂けていることに気づいた。ボタンを留めようとも、無理やり引き裂かれたようで襤褸といっても過言ではない。ズボンも同じようにぼろぼろであり、裂けた場所を伸ばして見れば、裂けた隙間から、泥やそれ以外のどろどろした何かに汚れた白い肌が見えてしまっている。

 よく見れば所々に歯形のような痕があった。

 何の原因でそうなってしまったのかは簡単に思い付いたが、それをどうしようかなどは考えなかった。過去は過去、彼にとってそこまで執着すべきことでなかった。過ぎたことをぐずぐずと考える頭は持ち合わせていないのだ。


 だから、彼や彼の服をそうした犯人が今まさにこの場に歩いてきても、彼にとっては顔見知りの一人が通りがかっただけに過ぎない。


「おっと、やぁ、おはよう! いい天気じゃないか!」


 彼の知り合いは、少年よりもずっと歳上であった。体は筋骨隆々として、革の腰巻きを着て、麻布の服は薄汚れていた。真面目な仕事をしていないのは、その腰に帯びた使い古しの剣から推して知ることができる。賊、という言葉が似合うだろう。鞘に巻かれた、かつては白かったのだろう布は赤黒く汚れていた。肩に何か黒く変色した袋をかけている。

 モジャモジャの髭や雑に剃り上げた頭は白髪で、驚きに彩られた顔のシワは深い。口周りは、僅かに赤く染まっていた。肌は日に焼けて浅黒く、ぎょろぎょろした目玉は、飛び出してしまいそうに大きく見開かれ、何か信じられない物を見てしまった人間のそれである。

 しかし、少年は何事もなかったかのように、淡々と喋りかけた。


「何か、変なことがあったかな? それにしても、何か着替えはない? さすがにこんな服じゃ恥ずかしいよ。わかるでしょ?」


 自分の衣服を引っ張って、驚きに口をぱくぱくととさせている男に広げて見せる。


「お、ぉ、あ……!」

「うん? どうしたの?」

「お、お前は……!」

「うん、うん」

「お前は死んだはず……! お前は俺が殺したんだ!」


 彼の震える声を聞いて、少年はさも当然といった声を出した。


「そりゃそうさ! お腹をあんな斬られちゃったら死んじゃうよ。うん、痛かったよ、とっても」


 痩せ細って白い肌の腹を撫でる。そこには傷口も傷跡もない。だが、確かに少年はこの男に殺されたのである。そこで、この髭面の男が思い当たったように声を上げた。


「お前、不死人か! 畜生! どおりで不味い訳だ……くそっ!」


 男は剣を抜き放ち、深い踏み込みから少年の体に剣を突き込んだ。細い体にはそれを避けるような敏捷性はなく、その薄い胸元にズブリと突きたった。そのまま押し倒され、男に馬乗りされる。更には滅多刺しにされる。

 何度も何度も少年の体に、顔に、足に、ありとあらゆる箇所に剣が突き刺される。その衝撃で彼の体が激しく痙攣しているように見えるほどだ。体から溢れだした赤黒い液体が辺りに飛び散る。肉が裂け、骨が飛び出た。


「この! 呪われたっ! 血めっ! 肉めっ! 消えろ! 失せろ! くそっ!」


 すっかり赤く染まった体を踏みつけ、止めと言わんばかりに渾身の力で頭蓋骨に剣を突き立てた。地面と縫い付けられた体は、当たり前のことであるが、もはや彼自身の力で動くことはない。

 男は激しく息切れし疲れ切っていたが、さっきまで背負っていた袋をオマケと言わんばかりに投げつけて、剣も拾わずに脱兎の如く逃げ去ってしまった。

 地面には、少年の無惨な死体が残った。


 それからしばらくの後、太陽が遠くの山脈に隠れ、森林に薄暗さが訪れた頃。少年の死体には、肉に群がる者達がいた。

 禿げ上がった頭は無理やり歪められたかのように歪な形をしていて、ざらざらした灰色の肌は汚れ、襤褸になった衣服を纏っている。かつては二本の足で歩いていたのだろう彼らは、皆一様に背筋を大きく曲げ、腰を屈め、異様に細長い腕で死肉を摘まんで口に運ぶ。くちゃくちゃと不愉快な咀嚼音があちこちから鳴った。


 太陽がすっかり沈んでしまう頃には、白骨体が幾つか残るだけだった。

 いや、一つだけ違うものがあった。

 それは死肉の寄せ集めであった。血やら泥やらが混ざって腐った肉の塊であった。それはだんだんと一つの、額に剣の突き刺さった骨に集まって、まるで一つの生き物のように動き出した。白骨模型に粘土で肉付けがされていくような光景である。

 おぞましいそれは軋む音を立てて起き上がり、突き刺さった剣を、ぐちゃぐちゃの手で掴み、ずるりと引き抜いた。刀身には何かぷるぷるした破片がこびりついている。

 脂でベタベタの肉が二つの玉を形作り、瞼のないぎょろりとした目玉と変貌した。喉元に手を当てて、発音を確認するように声をだした。それは凡そ人の物ではなかったが、だんだんと滑らかさを得ていく。


『ぁ゛……ぅ゛……あ? うー……』


 しかし、そもそも舌や唇がなかった。困ったように頭をポリポリと掻いたが、指先や頭部の肉がぽろぽろ落ちてしまうことに気づいて止めた。

 肉塊人間は這いずって行き、木の根に背中を預けた。瞼はみちみちと音を鳴らしつつ形をなしていくのだが、濁った目玉を覆い尽くすことは出来なかった。

 辺りは十分に暗かった。彼はそのまま眠りに落ちた。

頑張ります。

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