万引きは犯罪です。もちろん強盗も犯罪です。
いじいじと爪をいじる彼女に、僕は宥めるように喋り続ける。
「なあ、なんで万引きなんてしたんだよ」
「やっぱ先生なんてそんなことしか言えないんだね。話を聞くなんて言って、結局あたしを犯人にしたいだけじゃん」
「違うんだって。そうじゃなくて。ていうか、今さっき君は自分の罪を認めたじゃないか」
職員室の昼下がりは、職員持参の弁当の残りの匂いと、珈琲の香りと、パソコンの起動音にどっぷりつかりながら、平和に過ぎて行く。
ただ、万引きした生徒を前に必死で説得しようとする教師がいる時、以外は。
「まあ認めたけどさあ、それでいいじゃん? 先生だって読書感想文書くのなんて嫌いでしょ」
読書感想文? 僕は突然の読書感想文発言に、くるくる回る椅子から立ち上がった。いや正確には、立ち上がったから椅子が回った。どっちでもいいけど。
「どういう条件で読書感想文の話がで出てくるんだ? 君の脳みそは不確定要素の塊か?」
「ううん、浮遊物体のカタマリ」
彼女は初めて知る言葉を嬉しそうに発音する子供のように言った。
「なんで脳みその中に浮遊するものがあるんだ? あ、いや、脳みそ自体が浮遊するのか?」
「先生、あたし難しいことなんて分かんないよ」
彼女が不満げに言って口を尖らせる。なんだよ、話を振って来たのは君じゃないか、と言いそうになるが、話をずらしたのは僕かもしれない、と思い直した。
「で、読書感想文がなんだって?」
「だからさあ、読書感想文って、なんか色々書かなきゃダメじゃん。ここが感動したとかさあ、何を学んだとかさあ、別に何でもいいじゃん。面白かったらそれで。本はさ、何かを学ぶためにあるものじゃないよ」
不良少女の鏡とも言える金髪をゆらゆら揺らす。なるほど、一理あるかもしれない、と思ってしまう自分が後から恥ずかしくなった。屁理屈で言いくるめようとするなんて、不良少女らしからぬ行為。
「で、それが万引きの理由と何の関係があるんだ?」
「もー、物分かり悪いなあ。だからあ、理由なんていらないじゃんってことだよ」
彼女に物分かりが悪いと言われるなんて、地球滅亡まであと何時間だろうかと問うてみたい。
「まあな。僕の動機もそんなもんだし」
「は? 何か言った?」
「いや、別に。ともかく、僕が言いたいのはそんなことじゃないんだ。つまり、そんなことして何が面白いんだってこと」
「先生、そんな人だったんだ。まじ幻滅」
うわあそんな、あなたさまに幻滅されたら世の中はめちゃくちゃです、と答えてから、椅子に座りなおした。
「君は根本的に勘違いしてるんだ。分かった。誤解を解こう。つまりのつまりだな、そんな小規模で稚拙で、成功しても大した収穫がない万引きなんぞやって、なにか特別に得することがあるのかってことだよ。現に今回もほら、捕まえられて、せっかく盗った品も取り上げられてる。どうせなら、もっとこう、ぱーっと」
「ぱーっと?」
「そうそう、例えばさ、銀行強盗。ギャングだよ、ギャング。かっこいいだろ」
「先生何言ってんの? あたしより悪いこと言ってる」
「ロマンだ! 万引きなんて、品がないことはやめなさい! 颯爽と現れ、颯爽と去って行く。ロマン溢れる犯罪者であれ!」
椅子を蹴って再び立ち上がる。珈琲の香りと煙草の匂いがむわんとした。
「変な人」
彼女の、さも可笑しそうな声を背後に、僕の脳裏で明日の強盗計画が次々とよみがえって、僕は思わず口元を緩めた。




