354 邪神の使徒との再会。
「その必要は無い。」
上空からその声は聞こえた。
僕は、ハッとして上を見上げた。
そこには奴が居た。
「もうすぐ、そいつは死ぬ。ハデス神様のお力で、安らぎの無い世界へと旅立つことになる。」
「なっ!?」
「まぁ、そんなに身構えるな。今日は戦いに来た訳じゃない。褒美をやりに来ただけだ。」
安らぎの無い世界。もしかして冥界と呼ばれる所だろうか?
ハデス神は冥界の王と呼ばれていた気がする。
そう言うと僕達の方へと降りてきた。
「褒美だと?」
「ああ、そうだ。」
僕はそのやり取りよりもナベリウスが抱きかかえている人の方が気になった。
「こいつと、そいつの人質交換をしようじゃないか。」
「はぁ?どういうつもりよ?」
「なぁ、お前はその方が良いよな?」
ナベリウスは僕を見てそう聞いてくる。
「そうだろ?」
「うるさい!」
プレストンさんが一気に距離を縮めてブリューアクサーを振るう。
「なに?!」
ナベリウスは、既にそこには居らず、プレストンさんの後ろに立っていた。
「お前じゃ話にもならんよ。」
ナベリウスの腹パンにより、プレストンさんはぶっ飛ばされる。
「ぐぅう!」
プレストンさんは激しく地面に打ち付けられた。
「ちっ!」
ウジェニーさんがスピードを活かした連撃を繰り出す。
今度はバスタードソードではなくロングソードの二刀流。
しかし、それすらも軽く避けたのか、ウジェニーさんもぶっ飛ばされる。
「ふん!」
今度はロマニーさんの氷と炎の複合魔法がナベリウスに襲い掛かるが、ナベリウスは空いている方の手を前に出すと。あっさりと魔法を弾く。
「おいおい。この女に傷がついてしまうぞ?」
ニヤリと笑うナベリウスは余裕そうだった。事実余裕なのだろう。
ザバルティさんも同じく使徒であり、破格の力を見た事がある僕にとってはそう見えた。
ナベリウスと対峙するのは二回目だが、今の自分では勝てない事も理性は理解した。
しかし、この時の僕は我慢が出来なかった。
僕の脳裏にはあの時の記憶が先ほど起こったかのように思い浮かぶ。
ジッと耐えていた。理性と感情が鬩ぎ合う。
でも、今回の勝者は感情だった。
「うおぉぉぉぉ!」
僕は飛び出し、桜花を振るっていた。
「煉!」
「煉君!!」
プレストンさんとウジェニーさんが僕の名前を呼んだが、僕は止まれなかった。
「少しは成長したみたいだな。」
そう呟くのは僕の渾身の一撃を片手で受け止めたナベリウスだ。
「だが、まだまだだな。」
そう言うとナベリウスは動いた。動いたと思ったら、僕は飛ばされていた。
「ぐっ!」
何をされたのか分からなかった。
「ほぉ。少しは頑丈にもなったか。」
ナベリウスは少し嬉しそうな顔になると、僕の方へ顔だけを向けてきた。
僕は、直ぐに体制を立て直すと、上段に桜花を構えた。
「桜花乱舞!」
僕のその言葉には精霊魔法が込められている。
言霊という魔法は僕みたいな魔法適正が低い者でも効果を発揮する事が出来る精霊魔法。
精霊の力を借りる魔法だ。つまり、村正・桜花の力を借りるという事だ。
桜が空に舞うかのようにユラユラとした動きに僕は合わせて上段から桜花を振り下ろす。
すると、桜の花が乱舞するかのような斬撃を繰り出す事が出来る精霊魔法と剣技の融合技となる。
数百という斬撃を今は繰り出しているのだが、その全てをナベリウスは避ける。
上から下。下から上。右から左。左から右。左から下。下から右。
あらゆる方向からの斬撃であるにも関わらず、その全てを避けてしまう。
圧倒的なスピード。的確な判断。
「なっ!」
「うむ。悪くない。魔法剣は今までにも見た事があるが、精霊魔法剣とでも言うような技だな。面白い。が、残念ながらお前自身の能力がまだまだ俺には届いていない。それが惜しいな。」
一度も掠る事すら出来なかった。
『強敵』
『流石は使徒というところかのぉ~。』
二人?の精霊も改めてナベリウスの力を確認した感じだろうか?
「くそ!」
今の僕ではまだ勝つ事が出来ないのか?
「なに今の?見た?」
「うん。綺麗だった。」
ロマニーさんとペニーさんが僕の武技(精霊魔法)の感想を言っている。
つまり、ちゃんと発揮できていたハズ。
それでも、まだ僕の刀はナベリウスに届かない。
僕は絶望を感じる。
「面白いモノを見せてもらった。良いだろう。」
ナベリウスはそう言うと、抱きかかえた女性を投げてきた。
僕は少し痛んだ体を勢いよくその投げられた女性をキャッチする為に動いた。
「うむ。反応も悪くない。そいつは返してやる。」
何とか、キャッチする事に成功した。
「アリアさん!」
「心配するな。生きている。何もしていない。眠っていて貰っただけだ。神に感謝するんだな。まぁ、信じるか信じないかはお前次第だがな。」
ナベリウスはそう告げると、マコトの方へと向かって行く。
ナベリウスという敵を前にして、情けない事だが僕はアリアさんに集中してしまった。
だってそうだろう。僕が愛した女性であり、僕が守れなかった女性であり、僕が助けようと心に誓った女性なのだから。
僕はナベリウスに注視する意味を失ったのだ。
目の前にアリアさんが居るのだから、もうナベリウスに要はなかったのだ。




