310 満月の夜。
満天の星空にひと際大きく輝く真ん丸な月。
今日はフルムーン。満月の日は何かと話題がある。
西洋では人狼や吸血鬼。日本では鬼にかぐや姫。伝説が目白押しである。
それは過去に生きていた人にとっても、月は夜空に煌々と照らす存在であり、現在の人にも共通する魅惑の美しさがあるからだ。
私は日本の月では無いが、こちらの世界に転生した後もこの月を見る事が好きだ。
特に何かをするわけじゃない。ただ見るのだ。日本酒や月見団子にススキが恋しくなる事もあった。まぁ今は再現できているので恋しいと思う事は無くなった。ただ私の妻だった存在を無性に思い出す。満月の夜にプロポーズした記憶がある。そして満月はその後も二人の間にとって、思い出になる時はその時には気がつかなくとも後に調べると符合したものだ。
不思議な縁を感じているし、どうしても妻を思い出す。
今でも妻の顔は忘れられない。
ふと障子を開けて私を呼びに来るんじゃないかと思う時が今でもある。
妻が死んだ日も、満月が私を優しく照らしてくれた。
そう言えば、私が死んだ日も満月だった。
私は自分の死を確信した時に、満月の日に死にたいと考えた事を覚えているし、その日までは何とか頑張った記憶もある。とはいえ、あの時はかなり消耗していたから、間違いなくとは言えないが。
「今日は、綺麗な満月ですね?」
その言葉に私は我に返り、その言葉が聞えた方を向いた。
そこには優しい笑顔のミーリアが立っていた。
「私がザバルティ様に助けられた日も今日の様に綺麗な満月が私達を優しく見守ってくれてましたね?」
「そうだったかな?あの時の私は自分が何とかしなければ、という思いで一杯だったから、辺りを見る余裕なんてなかったなぁ~。」
「ふふふ。そうでしたか?私にはそうはみえませんでしたが。」
「当り前だよ。私だって只の子供だ。使命感は持っているとは言え、初めての事だったんだから、余裕なんて無かったよ。」
「ふふふ。そうでしたか。それは失礼致しました。」
微笑を讃えたミーリアの顔は美しく神々しい。
それにしても、いつからミーリアは神々しさを身に纏ったのだろうか?
最近の事か?それとも、昔から?
そんな事を考えていたらミーリアがふと口にした。
「私は、ザバルティ様に助けられた初めての人間です。ですから、私だけは絶対に貴方に生涯を通じて忠誠を誓い。生涯を通じてお慕いします。」
私を見るミーリアの真剣な顔を見ていると自分の前世の時の妻がダブる気がした。
私は瞬きをして目を擦る。
「ザバルティ様、どうなさいましたか?」
「いや。何でもない。それよりも、ありがとう。そう言って貰えて嬉しいよ。」
私の言葉を聞いたミーリアは嬉しそうな笑顔を私に見せる。
「でも残念なのは、この世界では貴方を独占できない事ですね。」
私は耳を疑った。あれ?
「今何て?」
「貴方を独占できない事が残念だと申しました。」
私は肝心な言葉を聞きそびれてしまった気がするが、確かにその様な内容だった気もする。
少し胸にモヤモヤを残してしまったが、独占出来ない事が残念と言われてしまうと、前世の地球の記憶がある私は何とも言い返せない。
「すまない。色々と忙しくしていて、まともに相手も出来ない間にドンドンとフィアンセが出来てしまった。」
「ふふふ。そう思って頂けているだけで良いのです。残念ながら、ザバルティ様が凄い方であるという事と素晴らしい人である事を世界が放っておくとは思っていませんでしたから、覚悟しておりましたから。ただ少しでも私の事を思って頂けるならそれで良いのです。」
そこまで言われては、私は先のモヤモヤを自分で消化するしかなくなる。
私は黙って頷くのが精一杯だった。
「それより、今度は煉さんと一緒に冒険に出られるのですか?」
「そのつもりだよ。」
「そうですか。羨ましい限りです。ところで、メンバーはお決めになられたのですか?」
「いや。今回は私が一緒に行く事だけが決まっている。ここいらで、煉に本当の仲間が出来ないかと期待しているんだ。」
「そうですか。ですが、ザバルティ様が一緒ではそれは難しくないですか?」
「確かにガッツリと私が着いていると難しいだろうな。だから、私はあくまでもサポートに徹しようと考えているんだ。」
「そうなると、どうしてもザバルティ様一人では難しいですね?」
「そうだな。だがトーマスは別行動の隊長にしているし、ロバートはスパルタを任せている。他の者はそれぞれに任がある。動かせるのはアリソンとシーリスぐらいかな?」
「おかしいですね?私の名前が無いような気がしているのですが?」
「ああ、ミーリアは付いてくるだろう?先ほどそう言ってたじゃないか?違ったかな?」
「まぁ。逆襲されるとは思っていませんでした。」
「ははは。すまない。少しな。」
「ふふふ。結構ですとも。」
ミーリアは先ほどより一層笑顔になっていた。
「では、お供致します。他の二人も一緒の方が良いかと思いますよ。」
「そうか、では一式揃えるか?」
「ふふふ。喜ぶでしょうね。ただそうなさる場合は、シーリスのだけという訳にはいかないのでは?」
「確かにそうだね。アイリーンとコーネスの分とトーマスとロバートのも必要だな。」
「はい。」
私は既に一式そろえる為の準備を考える事で頭は一杯に埋まっていった。
◇◇◇◆◇◇◇
「いけませんねぇ。ついつい。言葉が出てしまいます。注意しないと。」
ザバルティが考え事をしている様子が伺えたので、そっと側を離れたミーリアは独り言をボソッと漏らしたのだった。しかし、言葉とは裏腹にその顔は幸せそうな笑顔で一杯だった。




