302 登場。カーリアン帝国・皇帝陛下。
「おい。誰か!」
男は大きな声で人を呼ぶ。
すると間もなく一人のメイドがやってきた。
「はい。皇帝陛下。」
「うむ。帝国に吸収したディケイド王国の近況を知りたい。わかる者を呼べ。」
「かしこまりました。」
メイドが下がり、ほどなくしてラシアン宰相とテンビー将軍が入室してきた。
「お呼びでしょうか?皇帝陛下。」
「ああ。ディケイド王国後のディケイド地区はどうなっている?」
「その事でしたら、問題なく進んでいると報告を受けております。」
「さようか。だが、本当に問題は無いか?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
ラシアン宰相ではなくテンビー将軍が聞き返す。
「うむ。先ほどラムタラより報告があってな。不信な動きがあると言うのだ。本当に何も掴んではおらんのか?」
険しい顔になったラシアン宰相が口を開く。
「申し訳ございません。確かにあの地区の者から陳情が上がってきております。しかしながら、事実確認が取れておらず、報告を躊躇っておりました。ただ、表立っての問題は無いようです。しかし陳情によれば、ディケイド地区の地区長となったマニンス伯爵がどうやら地区内の女を館に呼んでは酷い扱いをしているというのです。個人のプライベートな部分もあり調査が遅れております。」
黙って報告を聞いていたカーリアン皇帝は目を開く。
「わかった。たかが一地区とは言え、あそこはロックフェラ連合国に隣接する地区だ。都市国家として独立されても面白くない。早急にマニンス伯爵を俺の前に呼べ。あくまでも罪が確定する前なのだから罪人扱いするな。」
「かしこまりました。」
即座に判断し指示を出した皇帝。齢38歳である。
先代のニジン王まではスキー王国として今のカーリアン帝国の一地域でしかなかった小さな王国を一代にしてここまでの大きさに広げた男である。
帝国をここまで広げる事が出来たのはこのカーリアン帝国初代皇帝であるこの男の【武】による処が大きい。無論、智による調略もおこなうのだが、ある程度の大きさになるまでは調略に頼る事では国を大きくする事は出来ない。皇帝を筆頭とした武人達の【武】によって多くの国を滅ぼし併合してきたのだ。但し、この男は武のみに長けている訳では無い。智も優れているのだ。だからこそ、情報収集を重要と考え、国内にも隠密を派遣し、国外にも情報員や諜報員を多く送り込んでいるのである。
「テンビーよ。直ぐに国軍をディケイド地区に増員し、国境付近の警戒を強めよ。下がって良い。」
「かしこまりました。」
テンビー将軍が皇帝の前を辞去し部屋を去る。
「で、ラシアン宰相。本当の所は何処まで掴んで居る?」
「困りましたな。皇帝陛下には隠し事が出来ませんな。」
本当に困っているのかニヤリとラシアン宰相は笑う。
「全て事実であると私は確信しております。」
「だろうな。マニンス伯爵をあの地区の地区長にしたのは確かお前の推挙があったからだ。」
「覚えておいででしたか。」
「当り前だ。元々良い噂を聞かぬマニンス伯爵を何故あの地区の地区長に送り込むのか謎だったからな。」
「ほぉ。そこまでわかっておいでで、何故止めなかったのです?」
「お前が動いていると分かったからだ。あの地区にアイツを送りこんでいるだろう?」
「そこまでバレていましたか。参りました。」
ラシアン宰相が頭を掻きながら謝罪するのを、笑って見ているカーリアン皇帝が口を開く。
「すまんな。だが、今回はお前が釣ろうとした相手だけでなく、別の者も釣れそうになっている。状況に変化が出てきたから、介入させてもらった次第だ。」
「そうでしたか。そこまでは分かっておりませんでした。」
「かの三国同盟内に現れたという≪神の使徒≫が、かんできそうでな。」
「ほっほっほ。まさか両使徒を釣り上げてしまうとは。これは参りましたな。」
ぺちぺちと自身の頭を叩きながら笑うラシアン宰相。言葉とは裏腹に喜んでいる様子が伺える。
「そういう訳でしたら、致し方ありませんなぁ~。ですが、良いのですかな?」
「何がだ?」
「あの地区を失う事になるやもしれませんぞ?」
「それは良かろう。両使徒を表舞台に引きずり出す事が出来れば、安い物だろう。それにそもそもあの地区はお前の知略によって手に入れた場所だ。思入れも無いわ。」
「ほっほっほ。そうでしたな。ではこのまま進めてよろしいのですね?」
「ああ、構わん。どのみちマニンス伯爵は処罰するつもりであったからな。あんな外道は我が帝国にはいらん。」
「ほっほっほ。確かにその通りです。しかし被検体としては使えます。私に頂いても良いですな?」
「かまわん。好きにすればよい。ただし、二度と外道な事が出来ないようにするのは約束しろ。」
「かしこまりました。存分に地獄を見せてやりましょう。ほっほっほ。」
そう言って、ラシアン宰相も部屋を出て行った。
「ラムタラ。聞いていたな?」
「はい。」
「十分に警戒し、危険とあれば撤退させろ。」
「かしこまりました。」
「くっくっく。面白くなってきたわい。」
スッとラムタラの気配が無くなった事を確認してメイドを呼ぶ。
「はい。」
「ジェネラとマリエンを呼べ。」
「かしこまりました。」
メイドが部屋を出ていくとカーリアン皇帝は高らかに笑う。
「まさか、神がこの世界に介入してくるとは考えていなかったが、こうなると面白いな。あの夢はこの事を示唆しておったのかもしれんな。我が覇道に神が絡むか。後世には神話級の伝説となろうな。くっくっく。血がたぎるわ!」
誰に言う事も無く自身の興奮を抑える為なのか?それとも神に向けて話したのか?
カーリアン皇帝は自身の未来に、挑む覚悟と、困難を楽しむ気持ちとで滾っていたのだった。




