293 闇の中の温もり
ちゃぽん♪
男と女の唇が少しずつ離れる。その間に一本の透明な糸が伸びる。
男と女はお互いの目から視線を外すことなく少しづつ離れていく。
「では、ナベリウス様。行ってまいります♪」
「ああ。」
そっけない返事とは裏腹にナベリウスの眼は優しくギャネックの目を映している。
そしてギャネックは部屋を出ると、元教え子の二人を待たせている部屋へと足を運ぶ。
「さぁ、行きますよ。」
「「はい。」」
インディラとタマルは同等の立場だとナベリウスは伝えているが、先生と教え子であった過去を保ち、従う形をとっている。ナベリウスを中心とした13階はすべて女性。一人の男に尽くす13人の女は眷属化された。誰もがナベリウスを独占しないと無言の規律が出来上がっていた。そしてナベリウスも13人を平等に愛し接した。
「先生。本当にあの気持ち悪い3人を使わないといけないんですか?」
「ふふふ。使わなければいけないのでなく。敢えて使うのですよ。」
「ですが、気持ち悪いじゃないですか?いつもイヤらしい目で私達を見てくるじゃないですか?ゾッとするんですよ。」
「ふふふ。仕方がありません。今回はナベリウス様と同等の立場の【神の使徒】を相手にするのです。万が一の時に罪を被って貰う者が必要なのですよ。」
「私は、前にも言いましたが反対です。真正面から叩き潰したら良いと思います。」
「あらあら。タマルは随分と乱暴なのですね?」
「私はコソコソとするのが嫌いなだけです。」
「本当に実直というか、硬いというか、めんどくさいというか。」
「ちょっと、インディラまでそんな事言うの?酷い!」
「はいはい。もうそこまでにしておきましょう。私達は皆、ナベリウス様の物なのです。我らが主であるナベリウス様の主の邪神ハデス様が望まれる楽しい事を全力を持って行う事。それが私達の使命ですし、それをする事でナベリウス様が喜ばれるんですから、頑張って楽しみましょう。」
「「は~い。」」
「それに、あの三馬鹿をうまく利用して指揮力が高い事を見せる事が出来たら、ご褒美がもらえるかもしれませんよ?」
「そうですよね?わかりました。あの三馬鹿は嫌いだけど、頑張ります!」
「私も、やるしかないかな?」
「もう、まだぐずってるの?タマルもシッカリしなさいよ?じゃないとあの三馬鹿にやられちゃうよ?」
「確かに、三馬鹿は馬鹿とはいえ、持つ力は巨大ですからね。万が一でもこの身をナベリウス様以外の男に触れさせてはなりません!気を引き締めなさい。」
やんわりと力強く、先生は生徒に釘を指す。
「わかってますよ。でもちょっと気持ちがへこんでるだけですから。」
「わかっているなら良いのです。さぁ、気を取り直して行きますよ?」
「「はい!」」
こうして、ギャネックとインディラ、タマルの3名は拠点を出て行く。
その後ろ姿をナリ―タは柱に背をつけて見ていた。
「ナリ―タ様。」
そのナリ―タを呼ぶ声がする。キャシーである。
「様付けはやめろと言っているだろう?」
「まぁまぁ、そんな些細な事でナベリウス様は文句を言われませんよ。」
厳しい顔をして言いつける様にナリ―タは言うのだが、キャシーはやんわりと拒否する。
「で、何の用だ?」
「ナリ―タ様は、今回の事を面白く思ってないのでしょう?そう顔に書いてありますよ?」
「そんな事はない。アイツらも必死なのだろう。先生と生徒では我ら騎士とは違い力も数も少ない。だから功績に焦り大きな失敗をしないと良いと思っているだけだよ。」
それを聞いたキャシーはニッコリと笑って振り返る。
「ほらみろ。ナリ―タ様はナリ―タ様だったろ?」
キャシーが向いたその方向からゾロゾロと出てくる。
シャリー、ミーシャ、ジェリー、アクア、ヒラリー、シャーラ、スーザン、ヘレン。
元騎士だった面々だ。
「本当ですね。隊長は隊長かぁ。」
「本当にそうね。」
「面白くなるかと思ったんだけどなぁ~。」
そんな元騎士たちの思いを聞いたナリ―タは顔を真っ赤にした。
「お、お前たちは私を何だと思っていたのだ?!」
「嫉妬する女とか?」
「何!?」
「冗談ですよ。ジョ・ウ・ダ・ン♪」
「まったく、私を揶揄うな。」
ナリ―タは元騎士の面々が笑っているのを見て、少し落ち着いた感じで反論する。
「じゃあ、彼女らを陰ながら助けてやりましょうよ。」
「そうだな。だが、全員が動くのはダメだ。」
「まぁ、そうですよね?」
ナリ―タの意見に納得する面々。
「ここは、私の出番。」
スッとミーシャが前に出る。
「そうだな。頼んでいいか?」
「もちろん。」
「では、他の者はいつでも動ける準備はしておけ。」
「ナベリウス様に相談しなくて良いのですか?」
スーザンが質問するが、ナリ―タは穏やかな笑顔になる。
「その必要はないよ。あの方は私達のやろうとしている事など、わかっているよ。いつも優しく見てくれている。それに仲間を助けるのに許可はいらないよ。」
その言葉と共にナベリウスが居るであろう部屋へ全員顔を向けたのだった。




