280 僕は夢を見た。
僕は夢を見ていた。
先ほどまで、僕は闘っていたハズなのに、と思う。
だけど、僕の目の前には、完全武装した男の姿は無く、広がっているのは穏やかな海の上に漂う漁船。そして鳥が飛び交う青空だった。
そう、僕がいつも見ていた風景だ。
さっき迄のは、夢だったのだと思った。
体中が悲鳴を上げているのに、負ける事は出来ないと、一生懸命立ち向かった。
あれほど、恐ろしく強い人に立ち向かった。あの時の【邪神の使徒】よりも遥かに強い存在だった人に立ち向かっていった。
こんな弱虫の僕がそんな事が出来るはずもない。そう思う。
僕は、昔からイジメられていた。
イジメは本当に些細な事から始まったんだと思う。僕に何か虐められてしまう理由に自覚が無いのだ。たぶん、初めは揶揄いレベルだったと思う。そこから徐々にエスカレートしていった。気がついた時には、僕は【死】を考えていた。
もしかすると、揶揄いの時に対応を間違えなければ、イジメにならなかったのかもしれないが、それはもう後の祭りだったのだろう。
だけど、僕は幸運にもその僕の状況に気づき助けを出してくれた人が居た。
僕のお爺ちゃんだ。父方の祖父母は広島に住んでいた。
その祖父母が僕を広島に引き取る形で、中学一年生の時に転向するという形で助けてくれたのだ。
僕は広島の田舎の中学校に転向し、イジメから逃れる事が出来た。
あれからもう2年も経っている。そろそろ進学という所に来ている。中学三年生の夏。
今年は父と母がお盆休みを使って兄と姉と一緒に来ていた。
兄と姉はまだ残っているが、父の仕事は忙しく母と一緒に三日前に東京に帰っていった。
「おい、煉!」
遠くから、兄が呼んでいる声が聞える。今、僕は祖父母の家の前直ぐにある浜辺でボーっとしていた。
「何?兄さん!」
大きい声で返事を返す。
「夕飯だってよ!」
「わかった!」
家の前にある道路から兄が呼んでいる姿を見て返事を返した。
今日は何だろうな?父と母が帰る日にお好み焼きだったから、お好み焼きじゃないよな?
でも広島の人間って週に何度か食べたりするからわからないよな?
尾道ラーメンは昨日食べたから無いだろうし、アナゴ飯は、皆が来た時に食べに行った。
汁なし担々麺は、一昨日の昼に食べに行ったし、カキは時期が違うから無いな。って、まぁ有名な物じゃなくても、祖母の作るご飯は美味しいけどね。
ちなみに僕はお好み焼きは超有名な八〇やみっ〇ゃんとかでは無く、親父おススメの田の〇が好きだ。あの、マヨネーゼシリーズが僕は好きなのだ。まぁ、僕がマヨラーだからと言えるかもしれないけど。
そんな事を考えながら、家に戻ると、もう準備が出来ているみたいで、テーブルに料理が並べられていた。姉は手伝っているみたいで、料理を運んでいた。
「もう、煉も手伝いなさいよ。」
「ごめん。わかった。」
僕は素直に姉に答えて台所に向かう。
そこには祖母が居た。
「煉。そこのお味噌汁を持って行って。」
「わかった。」
両手にお椀を持って台所からテーブルへと運ぶ。人数分運び終えた所で、兄と祖父がテーブルにやってきた。
「今日は焼肉か~。」
お爺ちゃんの声が聞える。
「えっ?」
あれ?おかしくないか?目の前にはザバルティさん?が居る。いや、絶対ザバルティさんだよね?
「どうした?煉?」
僕が驚いているとザバルティさんがお爺ちゃんの声で言ってくる。
「いやだって、おかしいでしょ?御じいちゃんであってザバルティさん?はぁ?」
「どうしたの?煉?」
僕が騒いでいたら、お祖母ちゃんが台所から来た。が、えっ?後光が入ってる?顔が見えないんだけど?さっきは夕日が強くて見えてないと思ったけど、これは流石におかしいでしょ?
僕は頭を抱えてしゃがんだ。
「大丈夫なの?」
「おい、大丈夫か?」
「おい煉?」
「煉?どうしたのよ?」
おかしい、僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか?
「大丈夫?煉?」
「おい!シッカリするのじゃ?!」
僕は体を揺らされる。
「うぅ?あれ?」
目を開けると心配そうにのぞき込む顔が二つ。
ヒミコさんと桜花さんの二人だった。
「あれ?ヒミコさんに桜花さん?」
「そうじゃ。大丈夫か?」
本当に心配そうに僕を見るヒミコさんと桜花さん。
「すいません。夢を見てました。」
「何?この世界に来ているのに夢とな?」
「はい。」
「それはまた、おかしな話よのぉ~。本来人がこの世界に着て寝るという行為をしても夢は見ないはずなんじゃがな?」
精神世界では時間の経過もそうだが、肉体が無い為に寝るという行為自体は精神を休める為の行為にしかすぎず、脳が働く夢は見ないモノだとされている。
つまり、おかしい話となるが、これは後に聞いた話だけど、心が見せた夢なのではないか?と言われた。僕の心が精神の安定のために見せたのか?それとも何か別の力が働いたのか?その結論は出ていない。
「それより、煉。もう大丈夫か?何か忘れたりしておる事とか無いか?」
「どうしてですか?」
「あれだけ、傷を負ったのじゃ、精神が傷ついていてもおかしくは無いのじゃ。傷を治そうと精神は忘却という手段を選んで、忘れてしまう事。いやそんな生ぬるいもんじゃないの。記憶を消してしまう事があるんじゃ。」
「そうなんですか。取り合えず、大丈夫だと思います。変な夢は見ましたけど。」
「ほぉ。どんな夢を見たのじゃ?」
「昔の。そう祖父母が生きていた時の夢を見ました。懐かしかったんですけど、その祖父母がおかしかったんです。祖父がザバルティさんに。祖母に至っては、顔が見えない程の光を纏っていたんです。それなのに、兄や姉は普通にしてました。」
「ほぉ。そうなのか。それは興味があるのぉ~。もっと教えてくれ。」
「もう。ヒミコ様。ダメです。煉も横になって休む。」
「は、はい。」
「良いではないか?ちょっとだけじゃ?の?」
「駄目です!」
きっぱり断る桜花さんにそれでも縋る様に頼むヒミコさんを見て僕は思わず笑ってしまった。それにつられて、ヒミコさんも桜花さんも笑っていたのだった。




