265 出会いは運命。
天が在り、地が在り、人が在る。
昔の人は言った。
天・地・人が揃って物事は成す事が出来ると。
果たしてそうなのだろうか?
俺はその考え方に疑問を持っている。
俺は自分自身が全てを決めていると思っている。
俺が最も強くなれば、全て倒せる。
俺が最も賢くなれば、全て対応できる。
ただ、この世に最強という言葉がある。
最も強い事を指す言葉だ。
では、最も賢い事を表す言葉は今のところ無い。
最賢としよう。
俺が最強で最賢になれば、全ては解決だ。
そう思い一心に最強最賢になるべく、己を鍛えた。
だが、そんな俺を部下が裏切った。
そして俺は死んだ。
そう、俺は最賢に成れていなかったのだと思った。
ただ、武を示す最強は俺には簡単だった。敵を倒す事で示す事が出来た。
しかし、最賢は示す事が出来なかった。
だから、部下に裏切られたのだろう。いや、最賢でなかったから、俺は裏切りに気づけなかったのだろう。
俺は自分の死についてそう考えていた。
考えながらフワフワとこの精神世界で漂っているただの存在だ。
少しづつ、俺の記憶が失われていく感覚に襲われる。
砂が手のひらから風に煽られてこぼれていく様に、記憶が失われていくのだ。
記憶が失われていくのは別に構わない。
ただ、自分が死んだ理由を忘れる事だけはしたくないと強く思った。そして強く願った。
他の何を差し出しても、この【死】に関する理由だけは失いたくない。そう願ったのだ。
一途に願ってどれくらいの時間が経過したのであろうか?ここには時間を測る術はないのだ。その時にふと、俺に触れる存在を感じた。圧倒的な存在感。咄嗟に俺は、人外の者に触れられている事を理解した。いや、理解させられたというのが正しいかもしれない。
『くっくっく。お前は中々に面白いな。』
「?」
『お前に話しかけているんだ。理解しているのだろう?』
≪言葉を発しても宜しいのでしょうか?≫
俺は心でそう、答えた。
『ほぉ、俺様の格に気づいたか。良いだろう。許可する。』
「ありがとうございます。貴方様は一体?」
『おおよその検討がついているのではないのかな?』
「はっ!失礼しました。神様でございますね。」
『あぁ、そうだ。だがまぁ、お前達人間からは邪神と呼ばれる事の方が多いがな。』
苦笑しながら答えてくれる邪神と名乗る存在。
『まぁ、そんな事は些細な事だ。で、お前にもう一度、人生を送らせてやろうか?』
「それは、どういう事でしょうか?」
『人はそれをなんと呼んでいたかな?転生だったか?』
「転生?また、最強最賢を目指せるのですか?」
『まぁ、そうだな。人生を送れるのは確かだ。』
「もう一度、人生を送りたいと思います。」
『良かろう。但し条件がある。』
「条件?」
『そうだ。≪邪神の使徒≫になってもらう。』
使徒?神の意向の具現者になるという事か?なると、どうなるのだろうか?
「なる事で、何かあるのでしょうか?」
俺は恐れながらも素直に聞いた。
『まぁ、特に無い。無いが、俺様の意向には従ってもらう事になる。それ以外は自由にして構わん。』
「そうですか。ぜひ、使徒にさせてください。」
『では、ここに契約が成立だ。一つその前に言っておく、使徒は自らが辞めたいと思っても辞める事は出来ん。こちらが、一方的に解除する事はあるがな。それでも良いのか?』
「はい。構いません。お願いします。」
『良かろう。では、次の人生を楽しめ。そして、俺様を楽しませろ。』
「はっ!」
俺は同意した。邪神様を楽しませる事。それが俺に課せられた使命だ。
『俺様に名は、ハデス。冥界の王だ。』
その言葉を皮切りに俺の意識は途絶えた・・・。
◇◇◇◆◇◇◇
次に俺が、意識を持ったのは、赤ん坊だったのだろう。
言葉を発しようとしても、言葉にならない。「あうあう。」言うだけだった。
後は、ただ泣くだけだ。
だが、悪い事ばかりではない。
俺の母となった者はとても美しい人だった。スタイルも良い。
が、おっとりと言うか、天然と言うか、まぁそんな感じだ。
それに旦那となる俺の父も整った顔立ちをしており、どちらかと言えば、厳格な感じというより美青年という感じで、優しい男だった。
俺が生まれた家は貴族であった。子爵家であったのは後に知った事だ。
だが、只貧しい子爵家という訳では無く、それなりに裕福な家だったようだ。
それに、父は武術を母は魔術をそれぞれ得意としていたらしく。
国の騎士団と魔術師団に所属するエリートだったようだ。
だが、領地は無かったみたいで、王都に住んでいた。
俺は王都の屋敷ですくすくと幸せに育てられた。
意識は既にあった為、魔術の練りや武術の基礎は赤ちゃんの時から日々続けた。字も何故か読めたので本を沢山読んだ。
そこそこの家柄なのだろう。本も貴重品の部類であったけど色々な種類が置いてあった。
お金に糸目をつけないという事は無かったが、それなりの食事も出ていたし、家政婦も居たので、二人が居ない時も特別困る事もなかった。居ない時の方が鍛錬に時間を費やせるというモノだったぐらいだ。
そうして、幸せと言える日々は10年が経とうとしていた。




