167 死んだ後に。 その6
「えっ?これがそんなにすんのかよ?オヤジ、吹っ掛けてないか?」
「滅相もありません。これでも安くしておりますよ。」
家具屋の前で店主と交渉するアタシは頭を抱えた。アタシが想像していたより家具が高い。充分なお金は貰っているのだが、高いと思う物を態々買う気になれないのだ。上品な身のこなしをする商人のオジサンが嘘を言っている様子が無いのはわかっているのだが、買ったとは言えないでいると、人込みの向こうから大声が聞こえる。
「ドロボーだ!誰か捕まえてくれ!!」
追いかっけこをしているみたいで、人込みをかき分けて走ってくる二つの影。
前を走っているのは子供だろう。小さい。
後ろを走っているのは大人のオッサンだ。
「やれやれ。オッサン、それ(家具)はまたにするわ。」
そう言い残してその場を去って走ってくる人影の方へ向かった。
「落ち着きな。」
子供の方へ声をかけて腕を捕まえる。
「やぁっ!」
子供は声をあげそうになっているが、構わずに捕まえてゆっくりと小さな声で話しかけた。
「ぼうや。合わせな。そしてら助けてやる。」
咄嗟の事なのに、その子はウンと頷いたが引き攣った顔のままだ。
「すまない。一人にしてしまって。」
大きな声で言って、周りの注意を集めて申し訳ないという顔を作る。
当の子供は当惑の顔は隠せていないが、大きな声を出しているから、アタシの方に周りの目線は集まっているから気づかないだろう。そうして注意を集めているタイミングで大人の男がたどり着く。
「なんだ?お前が母親か?」
この状況を見てそう判断したのだろう。アタシは若いんだがな。
「そうです。何か?」
「そいつが店の果物を盗んだんだ!どうしてくれる?」
「えっ?盗んだ?それは申し訳ない。たぶん、私の姿が無くなって、慌てていたんでしょう。他意はなかったハズです。申し訳ありませんでした。代金は支払いますので、今回は大目にみてやって頂けませんか?」
真摯な態度をとって頭を下げながら、子供の頭を無理やり下げる。
「まぁ、金さえ貰えれば良い。」
「ありがとうございます。足りますでしょうか?」
赦しの言質はとったので、銀貨1枚をしながら感謝を述べる。
「これは多いな。」
「いえ、迷惑料も入っています。本当に申し訳ありませんでした。」
改めて頭を下げて謝罪の言葉を口にすると男は銀貨を受け取って去って行く。
「シッカリと子供は見とけよ。」
捨て台詞を残して去る男に頭をもう一度下げて見送る。この一連の動きの後は注意していた周りの目線も無くなった。つまりここに居る子供の親と認識されたという事と許されたという事。
「ぼうや。もう良いよ。」
ぼそりと小声で子供に話しかけるが、まだ子供は警戒の色を顔に残したまま、こちらに顔を向ける。
「なんだい?そんなに警戒しなくても食ったりしないよ。」
「うん。・・・ぼうやじゃない。」
「えっ?なんだい?」
声が小さくて聞こえない。改めて聞き直した。
「ぼうやじゃない。アタシは女だし、名前がある。」
「そうかい?何て名だい?」
「リンコ。」
「そうかい。リンコって名前なのかい。」
「うん。あの・・・お姉さんありがとう。」
注目を浴びてないのが分かったのか、少し落ちついてきたのだろう。
「おお。次からはこんな事すんなよ?」
ストレートな感謝の言葉に恥ずかしくなって大人ぶった態度をとってしまった。
「うん。でも妹が腹を空かせて家で待ってるの。だから守れないかも・・・。」
「父ちゃんや母ちゃんはどうした?」
「アタシには父ちゃんも母ちゃんも居ない。死んじゃった。」
前までのアタシならよくある事だと思って放って置く処だが・・・。
「しかたねぇな。じゃ、妹がいる所へ案内しな。」
「うん。でも怖くしないでね?」
「そんな怖がるような事はしねぇよ。」
「本当?約束できる?」
真剣な目でアタシを見つめるリンコ。だから、真剣な目をして頷く。
「ああ、約束だ。」
ようやく納得したリンコはアタシを先導するように前を歩きだした。
賑わいのある街の中心から徐々に寂びれた様子のスラム街へと進んで行く。
そりゃそうだ。こんな子供達だけが住める場所なんて限られている。
ドンドン進んで行くリンコだが、お腹の虫は鳴り続けている。
「結構遠いいな。」
「はい。でも、もう直ぐ着きます。」
そう言って案内してくれた『リンコの家』は倒れかけのあばら家だった。いやあばら家というより元家だった物と言えるんじゃなかろうか?
「少し、待っててください。呼んできます。」
そう言ってリンコは中に入って行く。そして少しして連れて出てきた。
「やっぱり一人じゃないか・・・。」
そう。なんと13人も居た。それも皆体をどこか怪我しているらしくびっこひいたり、腕が上がらなかったり、まだ小さかったり。五体満足なのはリンコ位のようだ。だから、そんなに俊敏な動きが出来るわけでもないリンコが盗みなんてしたのだろう。
「はぁ。仕方ねぇ。お前達をアタシの子分にしてやるよ。」
「「「「「え?えぇ?」」」」」
そりゃビックリするよな。言ったアタシもビックリしてんだから。




