153 私は見た。 その1
私は見た。
あの恐ろしい姉上を一睨みで震え上がらせる強者を。そしてその一言で王族や権力を持っている者全てに土下座をさせる人間を。いや彼は、否。あのお方は人の枠を超えた存在の方であった。
一国の王族も。一国の宰相も。そして一国の王であってもあのお方の前ではただの人でしかないのだ。
私はただ近くにいて、この騒動に巻き込まれただけの者である。王族というカテゴリーに入るがあのお方を前にすると今までの私がしてきた事、思った事、やってきた事がどれもこれも矮小な人間であると思わされる。
そんな矮小なる我らの前で先ずは武を示してくださる事になった。
本当に単純な行為によって示してくださる。
なぜなら、あのお方と婚約する事になった私の姉上であるエリザネス第一王女は意外と思われるかもしれないが、我が国であるジェスター王国での人気は半端ないのだ。
見た目は整った顔に程よく鍛えられた筋肉が更に女性らしい曲線を作っている。美しい女性である。その上、このジェスター王国随一と言われる武を持っている。更に次期女王の座に就かれる立場なのだ。
人気が出るなという方がおかしいだろう。
そんな我が姉を妻にと思う男は沢山居るのだ。ましてや、あのお方は他国の子爵家の息子でしかないというのが、表の立場なのだから、納得しない男達は沢山居る。その者達を納得させる一つの手段として、御前試合という名でお示しくださる事になったのだ。しかも一対全員というトンデモナイ対戦になる。
この内容を聞いたあのお方は眉をピクリとも動かさずに。
「一対一では時間が掛りますもんねぇ。仕方がないかなぁ。わかりました。それでいきましょう。」
そんな無謀な事と思ってしまった私だった。対戦相手のなった者達は一様に憮然とした態度をとっていたのも分かる。あまりにもナメスギダと思っていたのだろう。なにせ『1名対539名』という内容なのだ。だが、母上であるセイレス女王の命令という事で受けるしかなかった者ばかりであろうと思う。
皆、プライドがあるのだから。
結果から言う。惨敗だ。あのお方がでは無い。539名もの集団戦をおこなった我が国の戦士達が惨敗したのだ。しかも全ての者の攻撃を避け切ってパンチ一つで決着させたのだ。有り得ない!というのが私の感想だ。全ての攻撃とは得物の違う武器に全ての魔法がOKとなっていたので、あらゆる手段で攻撃した539名なのだ。たぶん1000人でも10000人でも結果は同じだったのではないかと思う。精々パンチだけでなく他の攻撃をさせる事が出来たぐらいだろう。せめて武器を使ってもらえるといか出来れば上場だと私は思う。それほどまでに圧倒的だった。
「こんなもんかな?」
あのお方が全ての相手を気絶させたりした後おっしゃった言葉だ。そして更に私達は驚く事になる。
「皆を集めてください。」
あのお方に言われて、衛兵たちが参加者を担いだりして集めるとあのお方は魔法を使われた。あのお方の手に魔力が集まったと思ったら辺りは光り輝き出し眩しいと思える程強い光を放った後、その場に居た全ての者が回復していた。
「どうですか?まだ体がおかしい人は居ますか?」
あのお方は皆を見てそうおっしゃった。
「嘘だろ?持病の腰が治ってる!!」
「古傷の跡が無くなっている?!」
「目が見えるぞ!目が見えるんだ!!」
対戦相手として向かって来ていた539名は皆完全に回復していたのだ。しかも古い傷や持病までも治っていると言うのだ。一人一人を確認したわけでは無いが皆が皆信じられないと言う顔で喜び合っていたり驚き合っていたりしているのだ。
「大丈夫そうですね。良かった。」
心底良かったと思っている事が誰にでも分かる顔になって、あのお方はおっしゃった。本当に≪神の使徒≫なのだと私は確信した。
「まだ、やり足りない人は居ますか?」
あのお方が皆に聞いた一言だ。そこに居た全ての者は皆首を強く横にふって答えた。
「「「「「「「おりません!ありがとうございました!!」」」」」」
「えっ?」
という言葉と共にあのお方は不安そうな顔になった。もしかしてこんな状況になっても納得しない者が居るのでは?とお考えになったのかもしれないが、あり得ない事だ。
一方的にやられただけでなく、体を綺麗に何なら戦う前より健康な体に直してくれた方に戦いを挑むなどするハズがない。
ただ、感謝を捧げる者ばかりであろう。心根が曲がっている者は恐怖を覚え、心根が真っ直ぐな者は心酔するだけだ。
「そうですか。であればこれで終了で良いでしょうか?」
今度はあのお方が母上やディスラテヌ叔母さまに聞いている。そこで私はようやく隣にいる者達に視線を送ると、そこには唖然とした顔をする者か、今にも拝みそうになる者か、自慢するように胸を張る者しか居なかった。
どうやら、私と同じ様に信じていなかった者が多数を占めていたのであろうと思う。
「ありがとうございま・・・大儀であった。」
ようやく答える事が出来たのは我が母上であったが、危うく敬語で返しそうになるのを何とか凌ぐのでいっぱいだったようだ。
姉上が羨ましい。
しかし、驚く事は他にもあるとはこの時は考えもしなかった。




