14 火と炎
目の前に広がる光景を信じられないと思いながら見ている子連れの男が居る。
「助けてくれ~!!」
「この子だけでも見逃してください!!」
「キャー!!あぁあぁあぁ#$%&!!」
「母ちゃんどこ?」
どこもかしこも、聞こえてくるのは悲惨な声ばかり。「ここは地獄ではないか?」と男は思った。
見渡せる限り辺り一面は炎が躍っている。炎のダンスは激しさを増すばかりで休憩すら取らずに踊り狂っているようだ。
「シャルマン。早くここを抜けよう。そこまで火が迫ってきている!」
こくんと頷く子供を引っ張り逃げ惑う人の流れをかき分けて進む。
すると、近くの建物が爆発をした。炎が風を起こし吹き荒れ土煙と炎の煙で辺り一面の視界を塞ぐ。
咄嗟に息子を庇う為に手を引く。しかし、引いたその手に重みが無い。ハッとして手のその先を見た男の視界に入ってきたものは、爆風で飛ばされて来たであろうブロックに頭がつぶされ、尖った鉄で切断されてしまった肘より先がない自分の息子であった。
「う、うっ、嘘だ!!」
男はたまらず、絶叫する。
気が狂ったかのような絶叫をあげて、小さな手を両手で抱え込む。
「おまえさん。大丈夫かい?早く逃げなきゃ。」
そういう年配の女性も自分自身は満身創痍であるにもかかわらず、声をかけてその場から逃げていく。男は狂ったように吠えるだけで、その場から動こうとしなかった。
そして次第に男は炎に囲まれてしまう。男は完全に一人取り残されてしまった。「死」という言葉が男の頭を過ったその時。炎の中からぬぅっと手の様な物が伸びてきた。男の頭を掴まれた。すると男の意識はハッキリしてくる。
≪人間、死にたいのか?≫
「お前はなんだ?神様か?死神か?」
≪そんな存在では無い。≫
「じゃあなんなのだ?」
≪我は火の精霊である。遠く昔より火の中に存在している。≫
「精霊様?なら、息子を返してくれ!アンタが殺したんだろ!!」
≪愚かな。気持ちは判るが、我は偶々寄ったにすぎん。炎が上がっているのを見て気まぐれに来たに過ぎぬ。≫
「全く関係ないと証明しろ!?じゃないと納得できん!!」
男は頭では理解している。この街を襲ってきたのは隣国の人間達だ。火を放った所も見ている。精霊の
所為ではないとわかっているが、火の精霊と聞いて思わず口にしていた。
≪おかしな人間じゃの。人間ごときに精霊である我が証明をしろと言われるとは。良かろう。では、おろかな人間よ。お前の願いをかなえてやろう。≫
「本当か?!」
≪ただし、器である体が壊れておるようだの。人間とは脆い物であるのだな。よって魂のみを他の器へ送ってやろう。だが、この世界のどこに行ってしまうかは、我でもわからんぞ。それに、お前を見ても覚えておらんかもしれんぞ。それでも良いのか?≫
「構わない。それでも良いから頼む。」
≪よかろう。では、お前にも我の加護を与えよう。魂に刻まれておる記憶というのはなかなか消えぬ物だ。探し見つけるのに役立つであろう。≫
と言うと男の視界は眩しく輝く物を捉えた。辺りは大きな魔力が働いている事が男にもわかった。
光が飛び去った後、あれだけ熱かった炎がさほど熱く無いという事に気づいた。
≪では、契約だ。我は火の精霊が一つフェニックス。お前に我の加護を与える。そして契約の証として我の眷属を与えよう。この物と契約を結んで良いと思う我の眷属よ。その姿をかの者に見せたまえ。≫
フェニックスの一声が響いた後に勢いのよい炎が一陣の風を起こし躍る。
≪フェニックス様。私がこの人間と契約を致します。≫
≪お主か。良かろう。≫
≪愚かな人族の者よ。私は火の精霊フェニックス様の眷属火山のペレ。私との契約となる。問題は無いな。≫
あまりにも唐突な出来事の連続で男は頭がついて行かないが、目の前に現れたペレと名乗る女性の姿をした精霊に釘付けとなる。人間であったなら、絶世の美女と呼ばれるであろう容姿をしているからだ。
≪何をぼーっとしている?≫
怪訝な顔を向けるペレに対してフェニックスは言う。
≪ペレよ。お主はこの人間にとって絶世の美女に見えておるのだ。≫
そう言われたペレは何故かオロオロしだす。そのような賛辞に慣れていないのである。
≪フェニックス様お戯れをおっしゃらないでください。≫
≪そうは言うが。ほれ、そこの人間がお主をみてぼーっとしておるのが証拠よ。≫
「はっ?すみません。失礼しました。」
慌てて気づき謝罪する男。先ほどまでの悲壮感がどこかへ消えたかの如くの反応だがこれは仕方がない。一瞬でも息子の死や自身の置かれている状況を忘れてしまうくらいの神々しい美しさなのである。これは男であろうが女であろうが関係なく引き付ける美しさである。
「では、気を取り直して改めてお願いいたします。」
≪いいでしょう。では我火の精霊フェニックスが眷属である火山のペレ。汝との契約を結ばん。≫
ペレの体からガっと炎が立ち上る。どれ位の高さになったであろうか?その炎は今度は男の方へ急激に落下して男を包み込む。荒々しい中に優しく包まれる抱擁感を感じる炎だ。
≪では、人族の者よ。息子を探す旅に出るが良い。≫
その言葉が聞こえたと同時に回りの炎が一筋の道を作る。
男は炎に誘われるかのようにその道を進む。「必ず、息子を見つける。」と心に誓って。




