そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.9 < chapter.5 >
ひとしきりお祭り騒ぎが収束したころ、レインとラナンキュラスは慌てた様子でテーブルに戻ってきた。
どうしたのかと首をかしげる一同に、困り顔の二人は、軽く頷き合ってこう言った。
「対戦を申し込まれましたわ。もうしばらく待っていてくださる?」
「青いTシャツの人と、そのお友達のグループなんですが……」
二人はそのグループに背を向けるように立っている。男たちからは死角となる胸元で、レインはハンドサインを出していた。
〈非常事態発生/そのまま待て〉
同じく死角となる胸元で、ラナンキュラスは蝶型のステルスゴーレムを六機起動させている。
姿を消したルリシジミはベイカーたちの耳たぶにとまり、機械的な合成音声で最低限必要な情報を寄こす。
〈一月十日、東部国境付近で連続強盗殺人事件発生。死者三名、負傷者七名。
当該グループは指名手配された五人組に酷似。
中央市内では手配書の配布、掲示が行われていない。
店員とのやり取りから初来店、関係性無しと推測される。〉
ベイカーはひどく残念そうな表情を作り、女性のふりをして答える。
「ん~、そっかぁ~。私、明日早番だからあんまり遅くまで遊べないの。今日はもう帰るね~?」
「ごめんなさいね、私たちばかり楽しんでしまって……」
「ううん、いいの! 気にしないで! また今度遊ぼうね! いつでも連絡してね!!」
そう言いながら携帯端末をチラリと見せて、すぐにポケットに戻す。
そして『酔っぱらった彼氏』を無理矢理立たせ、仲間たちに手を振り、自然な動作で店を出て行った。
手配犯たちは『凶器』の貸し出しカウンターのすぐそばにいる。五人で組織的かつ計画的に事件を起こして十名もの死傷者を出しているのだから、人間に刃物を向けることを何とも思わない人種であることは間違いない。
今ここで逮捕を試みれば、店の従業員や他の客を危険にさらす可能性がある。
店の周辺に治安維持部隊を配備するべく、ベイカーは『通報係』として、戦闘に向かないデニスを連れて店を出て行ったのだ。
ロドニーは表情が険しくなったマルコの肩を抱き、わざとらしくからかう口調で大声を出す。
「んだよお前! いちいち妬いてんじゃねえっての! こんだけ大勢いるところで、人の彼女に手ぇ出すようなド田舎モンがいるわけねぇだろぉ? ここ、中央市だぜぇ?」
「あ、いえ、その……」
「お前、全部顔に出ちまうタイプだからなぁ~! こいつの相手は俺がしててやるからさ! 二人とも、好きなだけ遊んで来いよ!」
「行きましょ、レインちゃん」
「はい、ラナ様」
咄嗟にマルコと強盗一味の両方を牽制して見せるのだから、この時期伯爵様は侮れない。
そして同時に、このセリフのおかげでマルコが強盗一味を凝視していても誰も疑問に思わない空気を創り出せた。
マルコは小声で確認する。
「いざというときの『引き金』は、ひょっとしなくとも私ですか?」
「ああ。ブチ切れた彼氏ってことで、盛大に怒鳴り散らしてくれよ。まあ、穏便に済むのが一番なんだけどさ」
「王子が激怒した仕草で立ち上がってくだされば、私たちも、なだめるふりをしてあなたを店から連れ出せます」
「それまでハニーと俺は、酔いつぶれない程度に『飲み比べオジサン』を継続ってことで」
「ただの飲み比べより、グッと難易度が上がりましたね」
「跳ね上がりすぎでしょ、これ」
「急にやめるのも不自然ですし、ペースを落としすぎるのも……」
「なんか怪しいもんねぇ?」
「ええ、困りましたね」
「うん、困っちゃうね」
「何事も起こらないと良いのですが」
「無理じゃない?」
「無理でしょうねぇ」
「ハニー、もう一杯行きなよ♡ 注いであげるぅ~♡」
「ありがとう♡ 子猫ちゃんこそ、もう一杯♡」
「うわぁ、やっさし~い♡ ……って、あ! ちょ……そんなギリギリまで注ぐのかよ!?」
「一杯は一杯ですよ♡」
「おのれハニーめ、卑怯な手を……」
「悔しがる顔も可愛いぞ♡」
「ぐぬぬぬぬ……ハニーの意地悪ぅ~……」
もういっそ、本当に付き合えばいいのに。
喉元まで出かかった言葉をゴクンと飲み下し、ロドニーとマルコは投擲場へと向き直った。
相手チームとの話し合いの末、ゲームの基本ルールは『ファイブスタック』に決まったらしい。プレイヤー人数が違っていても対戦できるよう、一投ごとに次のメンバーにチェンジしていく方式にしたようだ。
強盗一味は五人組なので、一人一投ずつ。レインとラナンキュラスは体力的に余裕のあるレインが三投、ラナンキュラスが二投。
どちらも同じヒット数だった場合、的の中央に入れた数が多いほうを勝利とする。
ルールを確認し終えた両チームはIDカードを提示して投擲用ナイフを借りた。
「あのカード、偽造でしょうか?」
「いや、カードそのものは本物だと思うぜ」
「手配犯なら、機械に通した時点でエラーとなるはずでは?」
「本人のカードならな」
「どういうことでしょう?」
「世の中にはいるんだよ、身分証の買い取り屋みたいなヤバい連中が。今日の食費にも困窮しているような日雇い労働者に、IDカードを三十万とか五十万とかで売らないかって持ち掛けて……」
「あ……なるほど。前科などが一切ない、同世代の誰かに成りすませば……」
「県境の検問所でも引っかからねえ。どこにでも逃走し放題だな」
「しかし、IDを手放してしまった方はどのように生活していくのでしょう? 何をするにも市民コードは必要となるはずですが……」
「マフィアの末端組織のどこかで、タダで使える労働力として死ぬまでこき使われる」
「逃げ出して、騎士団に保護を求めたりはしないのでしょうか?」
「それができねえような、クッソ難しい家庭環境の奴をうまいこと探してくるんだよ、マフィアのスカウトマンは」
「難しい家庭環境?」
「両親からず~っと虐待を受け続けてきたヤツとか、家族の介護や育児を投げ出して家出してきたヤツとか、まあ、色々? とにかく『今までの自分』をはした金で売り払っても何の後悔もない人間を探してきて、地獄から救ってやるふりをして、さらに最下層に叩き落とすんだ。そういう連中だぜ、マフィアってのは」
「……そのような方のIDが、さらに別の犯罪に使われているのですか……?」
「闇だろ」
「はい。真っ黒です」
「銀行口座や携帯端末なんかは、もっとお手軽に取引されちまってるぜ。命にかかわらねえことだし、『友達に頼まれて貸しただけだ。又貸しされるとは思わなかった』って言い訳もできるから」
「道理で犯罪が減らないわけですね」
「裏社会ネットワークおそるべし、って感じだよな」
「まったくです……」
マルコとロドニーはシーザーサラダを手繰り寄せ、二人で一緒に食べ始める。
おそらくこの先、『お食事会』の続きは無い。
せっかくの料理を無駄にしないよう、綺麗に平らげてしまうことにした。




