そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.9 < chapter.4 >
本格的に飲み始めて、三十分ほどが経過した。
ナイルとラジェシュのよもやま話が想像以上に面白く、いつの間にか、他四人は完全に聞き役に回っていた。
「マジかよ! 『トイレットペーパーパニック』の原因て式部省!?」
「ええ、恥ずかしながら、当省幹部の失言が発端です。騎士団が原料パルプの不正取引を疑っていると、うっかり新聞記者の前でこぼしてしまいましてね……」
「で、その新聞記事を見たサイレス工業地帯の労働者たちが、原料供給が滞るんじゃないかって噂しはじめて……」
「あっという間に全国の主婦による『トイレットペーパー買い溜め運動』が始まりました。式部省が事態を把握した時には、もう記者会見など意味が無いほどの勢いで……」
「早かったよねー。うちも国営ラジオで『原料供給は止めませんよ~。大丈夫ですよ~』って呼びかけてたんだけどね? 全然ダメだったんだよねー。俺、あの時一日に何回『トイレットペーパー』って言ってたんだろうなぁ……」
「ああいうときの主婦団体は、なぜか政府発表を信用してくれませんよね」
「ね。店頭に在庫が無いのは貴族が買い占めているからだ! なんて言ってたもんね?」
「式部省にも大勢来ましたよ。『王家によるトイレットペーパーの買い占めを許さない!』というプラカードを掲げた、正義感溢れる市民団体がいくつも……」
「ハニーが追い払ったの?」
「非武装の市民団体を攻撃するわけにはいきませんから。代表者と差し向かいで、トイレットペーパーの生産量は落ちていないことをひたすら説明し続けて……」
「うわー、大変そう……。俺、あの時は夢にもトイレットペーパー出てきてたよー」
「ええ、私もうなされなましたね。トイレットペーパーに……」
「あ、ハニー、もうお酒ないんじゃない? すみませーん! ウイスキー、ボトルでお願いしまーす!」
「水も炭酸も結構です。グラス二つ、氷だけお願いします」
今このテーブルには六人いる。なのにナイルは、ラジェシュのグラスだけを見て次の酒をオーダーした。
ラジェシュのほうも、ストレートでグラスを二つとオーダーした。
ナイルの『宣戦布告』に、ラジェシュが受けて立った形だ。
二人は顔だけはニコニコしながら、コップに残っていたレモン酎ハイを同時に飲み干した。
「分かってるじゃん」
「とことんやりましょう」
「ハニーが潰れたら、俺が優しく介抱してあげるね♡」
「かわいい子猫ちゃんは、ホテルのベッドまでお姫様抱っこで運んであげますね♡」
この会話の副音声は、どちらも「素っ裸にひん剥いて記念撮影してやるよ」である。
またも聞こえた強烈な副音声に、デニスは慌てて話題を変える。
「そ、そういえば、レインさんたち遅いですねー! そろそろ決着ついたんじゃないかなー?」
「あ、ああ、そうだなー」
「あいつら遅えっつーのー」
「ビールも、すっかり気が抜けてしまいましたよねー」
ほか三人も、デニスの出した緊急脱出用ボートに我先に乗り込んだ。
そして投擲場に視線を向けて、彼らはようやく『それ』に気付いた。
「……うん?」
「どうした?」
「なにこれ?」
「皆さん集まってらっしゃいますね?」
このテーブル以外のほぼすべての客が投擲場に集まっていた。
人だかりの中心にいるのは、レインとラナンキュラスである。
「レインちゃん! あと一投よ!」
「はい!」
このゲームで後攻のレインは、最後の一本を手に、軽く目を閉じて深呼吸をする。
二人はここまでの四十九投を、一投も外すことなく的の中央にヒットさせている。あと一投でスタンプカード満了。『ハズレ』を差し挟まず、ストレートにカードを満了させた客はまだいない。
これが成功すれば、開店以来初の『伝説的記録』が誕生することになる。
「……いきます!!」
レインはナイフを構え、安定したフォームで投げた。
吸い込まれるように、的の中央にストンと突き刺さるナイフ。
その瞬間、周囲の客から上がる野太い歓声。
互いの手を取って踊り出すレインとラナンキュラス。楽しそうな二人につられて踊り出す屈強なマッチョたち。
歌声に自信のある幾人かが国民的歌姫の大ヒットダンスナンバーを歌い、それ以外の男たちはボイスパーカッションや手拍子で場を盛り上げる。
店のスタッフたちもぞろぞろ出てきて、この賑やかな様子を記録すべく写真撮影を始めた。
にわかに始まったお祭り騒ぎに、ロドニーとマルコは呪いの声を上げる。
「ウオォォォーイッ!! 二回連続で祝勝会に乗り損ねちまったじゃねえかあああぁぁぁーっ!!」
「今回こそは勝ち組コースにいると思ったのに!! ビールも串焼きバーベキューもゲットできたのに! なぜ!? どうしていつも波に乗り損ねるんでしょうか、私は!!」
「うちの部下が美人で有能すぎる件」
「ラノベのタイトルみたいになってますよ、ベイカー隊長」
「だって、いくらなんでもチートすぎるだろう? 男にも女にもなれて、パパがお金持ちで、本人が有能で美人なんて」
「それ、ベイカー隊長にも該当してません?」
「いやいや、俺は女装ができるだけの愛されラブリー男子だから。可愛いだけで、脱いだら普通についてるから」
「逆にスペック高いんじゃないですか、それ」
「デニス、お前もしかして、そっちの趣味か?」
「酔った勢いで言いますと、まあ可愛ければなんでもアリだとは思ってます」
「なるほど。よし、飲め。貴様の本性を暴いてやろう」
「あ、ヤバいヤバいヤバい。これヤバいやーつ。めっちゃイジられるヤツだぞこれぇ~」
「デニスさん、飲みましょう! こちらはこちらで盛り上がらないと、心に氷河期が到来します!」
「お前が隠れゲイでも男の娘専でもバイでも何でも、じっくり話を聞いてやるぜ!」
「なにこれ逃げ場がない!! 僕はノンケですってばぁ~!!」
デニスは船幽霊のような仲間たちに次から次に酒を注がれ、二日酔い行きの泥船に乗せられた。




