そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.9 < chapter.3 >
レインとラナンキュラスは交互に五本ずつ投げる『ファイブスタック』というルールでゲームを始めた。
非常にシンプルなルールで、的のどこに当ててもいい。どちらかが三本外した時点で負けが確定。五本ずつ投げて互角だった場合はドローゲームとなり、次のゲームが始まる。延長は無い。
構え方は刃の部分を持つブレードグリップ、柄の部分を持つハンドルグリップのどちらでもよく、下投げ、上投げ、サイドスローなどの投擲フォームも自由である。
二人はインストラクターの指示に従い、コイントスで順番を決める。
「レインちゃん、本気でどうぞ。手加減したら許さないんだから」
「ラナ様こそ、手抜きはなさらないでくださいね? 私のナイフ技、ゴヤにも負けていないんですよ?」
「ふふ、それは楽しみだわ♪」
モデルか女優かという美女同士の対戦に、店内の視線は自然と引き付けられていく。
先攻はレイン。
レインは手の中で何度かナイフを転がして、重量バランスを確かめる。
愛用のナイフとは異なるグリップ感と重量感。レインのナイフは回転力を付加する前提の曲刃ナイフだが、この店のナイフはサーカスや大道芸で用いられる直刃ナイフである。見た目は格好良いが、武器としての攻撃力は若干劣る。いつもの武器とは別物と思って投げたほうが良さそうだった。
一投目は様子見のつもりで投げた。
的のどこかに当たればいいルールだ。中央は狙っていなかったのだが――。
「あ、意外といけますね……」
中心点を捉えることこそ叶わなかったものの、ナイフは的の中央の、赤く塗られたエリア内に収まっていた。
今日が初来店のレインに、インストラクターは大げさに手を叩いてみせる。
「おめでとうございます! 命中です!」
そしてインストラクターは、ポイントカードのようなものにスタンプを押す。
「赤エリアヒット五十回で、ドリンクが一杯無料になります!」
「え、本当ですか? よし! 頑張っちゃお♪」
「そのカード、一人一枚かしら?」
「いえ、同じグループの皆さんで共有可能です。上級者グループでしたら、あっという間にドリンクチケットに変身しますよ」
「ふぅん? 面白そうね。レインちゃん、『目指せノーミス』ってどうかしら?」
「いいですね、やりましょう。ストレートゲットです♪」
「ええ、女子力全開で行くわよ!」
「はい!」
女子力とは何だろう。
ラナンキュラスの言葉に、ロドニーは真顔になる。
「マルコ。なんか嫌な予感がするから、串焼きバーベキューが来たらさっさと食っちまえよ……」
「はい……なにか、こう、前回と同じ流れを感じます……」
「今日は食いっぱぐれねえぞ……俺は食うんだ。グリルチキンを、腹いっぱいに……!」
「串焼きバーベキュー……串焼きバーベキュー……串焼きバーベキュー……ッ!!」
鬼気迫る次期伯爵と王子の様子に驚き、ベイカーはデニスの袖を引く。
「俺が中央を空けている間に、何かあったのか?」
「すみません、僕にも事情が分かりません……」
「そうか……マルコと串焼きバーベキューの間に、いったいどのような因縁が……?」
首をかしげるベイカーの前に、牛モツ煮込みと冷やしトマトが運ばれてきた。
この店の煮込みはシンプルな塩味である。オリーブオイルとガーリック、ミックスハーブの香りが食欲をそそる。一緒に煮込まれた野菜は赤カブ、ニンジン、タマネギ、マッシュルーム。奇をてらったところが一つも無いオーソドックスなメニューだが、だからこそ、下ごしらえの丁寧さが味の決め手となる。
ベイカーはまず、何も加えずにそのままいただく。
「うん! 美味いな! 大皿でオーダーして正解だ!」
「あ、僕にも一口ぃ……」
「いいぞ。あーん……」
「あー……んっ! 美味しい!」
「牛モツ特有の嫌な臭みが全くない。下茹での時点で、しっかり灰汁を取り除いているな」
「下茹でしすぎると旨味もなくなっちゃうんですけど、これ、ちゃんとモツの良さみたいなのが残ってますね。それに他の野菜も、煮崩れていないくせに中までしっかり柔らかくて……」
「ああ、絶妙な煮込み加減だ。モツの柔らかな食感を邪魔していない。味の染み具合も絶妙。だがしかし。居酒屋メニューの最大のウィークポイント、『味が濃すぎる』という問題があるな……」
「ええ。酒が進んでいれば気になりませんが、一杯目からこれは、ちょっと塩辛く感じちゃいますね」
「そこで登場するのがこれだ。はいドーン!」
「ええ~っ!? 冷やしトマトを入れちゃうんですかぁ~っ!?」
「テーブルに届いてすぐ、まだアツアツのうちに投入して、トマトを潰すように良くかき混ぜる。それからこれを食べると……」
「んんっ!? フレッシュトマトの酸味! 瑞々しさ! 濃すぎた煮汁もちょうど良い具合に薄められて……これはもう別のメニューに変化……いや! 進化を遂げている!? 牛モツ煮込みにこんな味わい方があったのかぁ~っ!?」
「厨房で生トマトを入れれば火が通りすぎて食感が損なわれる。かといって、別々に提供して食べ方を説明するのは手間がかかる。繁盛店であればあるほど、長ったらしい説明のために店員の時間がとられることは『損失』となるからな。そして手間をかけて説明したところで、客の好み次第でトマトは使われず、そのまま残されることになる。これは無駄だ。食材も無駄に廃棄することになるし、人件費の面でも無駄がある。そう、これはつまり、美味しいことが分かっているのに諸々の事情を考慮したうえで正式メニューから外された、『至高の隠しコマンドメニュー』なのだよ、デニス君!」
「な、なんだってぇ~っ!? そんなメニューがあるなんて、初めて聞いたぞぉ~っ!?」
「フッ、まだまだだな。そんな体たらくで『究極の料理』を語ろうなど百年早い! この若造めが!」
「く……僕にはまだ、美食の道は究められないというのか……っ!!」
「え、なになに? 隊長とデニス、いったい何の小芝居始めちゃったの……?」
「グルメ情報番組というよりは、何かのドラマの真似のようですね……」
「たぶんあれじゃないの? 『美味しンゴ』って漫画、何年か前にテレビドラマ化したじゃん」
「あ、あったな、そんなの。俺、青年誌系あんま見てねえからなぁ……」
「ナイルさん、コミックスお持ちですか? 読んでみたいのですが」
「じゃあ今度お貸ししますね。全111巻なんですけど、王子のお部屋、置く場所あります?」
「111巻!? はい、場所はありますが……が、頑張って読ませていただきます……」
「一応断っておきますけど、あの漫画、調理法とか食品添加物の問題とか、作者の勘違いでとんでもない間違いが描かれちゃった回とかあるんで。内容についてはあんまり信用しないでくださいね」
「間違い……ですか?」
「ええ。個人的には好きな漫画なんですけど、その『間違い描写』のおかげで、情報部にも色々とお仕事が増えちゃいまして……」
「漫画の内容ひとつで情報部が?」
「他の漫画ならともかく、あれは長期連載の大人気漫画ですから。『体に良くない』って書かれた食品が全く売れなくなったり、販売店に嫌がらせするヤツが出たり、何度もトラブルになってるんです。関係各所から毎日のようにクレームが入ってましたけど、『善意の誤報』で漫画家や出版関係者を逮捕するのは、法的にはちょっと無理で……」
「情報部もでしたか。式部省もです」
「あ、やっぱり?」
「『なんとかしろ』と言われても、風評被害の被害貴族と出版関係者が王宮や式典の場で鉢合わせないよう、曲がり角ごとに立って連絡を取り合うしか……」
「うわ、なにその地獄。職員総動員?」
「ええ。あれはもう、本当にやりたくありませんよ……」
「だろうねえ……」
うんうんと頷きながら酒を飲むナイルとラジェシュは、一見すると仲が良さそうに見える。しかし『嫌がらせ痴漢バトル』は継続中である。互いに相手の尻を撫でまわしながら真面目な話をしているのだから、彼らのメンタルは常人には計り知れない。
そんな話をしているうちに、その他の料理も続々到着した。
なぜか異常にテンションを上げているロドニーとマルコ。
美味しンゴごっこが止まらないベイカーとデニス。
嫌がらせバトルの一環としておつまみセットを食べさせっこしている中年男性二名。
それぞれに楽しんでいる男子チームは女子二人を呼び戻すかどうか軽く話し合い、しばらく放っておくことにした。
サラダもマリネも、冷めたり伸びたりする料理ではない。
勝負の決着がつけば戻ってくるはずだし、それからでも十分美味しく頂ける。こちらはこちらで、男の飲み会を続けることにした。




