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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.9 < chapter.2 >

 午後六時過ぎ、五人は件のナイフバーに入店した。

 バーカウンターとテーブル席は少々薄暗く、投擲場のみ明るい照明が設置されている。

 的の数はテーブルの数より三つ多く、グループ客がそれぞれに的を独占しても、一人客があぶれることの無いよう配慮されているようだ。

 一つのテーブルには四脚の椅子。追加の椅子を出してもらって詰めて座るか、隣のテーブルをくっつけてもらうか、判断に迷うところである。

 店員にどちらがいいかと尋ねられ、幹事役のデニスはベイカーに判断を仰ぐ。

「けっこう混んでますし、五人で二テーブル使ったらご迷惑になりますよね。追加椅子でいいですか?」

「いや、くっつけてもらったほうがいいんじゃないか? うしろの三人も相席させれば八人組だ。離れた席になるより、一緒のほうが都合もよかろう」

「あ、遠目に見守ってる感じじゃなくても大丈夫なんですか?」

「ゴーレムプロレスでの前例がある。いまさらダメとは言うまい」

 ベイカーは店員にあと三人合流する旨を説明し、その場でナイルに通信を入れる。

「ああ、ナイルか? 四人掛けテーブルを二つくっつけてパーティー席にしてもらったから、すぐに来てくれ。他二名も誘って来いよ。楽しい楽しいお食事会のスタートだ」

 通信機の向こうから呪いの言葉が聞こえていても、ベイカーは構わず通信を切る。

 そして席に案内された数分後。

 ナイル、ラジェシュ、ラナンキュラスが現れた。

 遅れてやってきた三人は、困惑の表情で口を開く。

「ベイカー隊長。式部省といたしましては、このような外出は極力お控えいただきたいのですが……」

「あのねサイト? 『コード・ブルー』はホストクラブじゃないからね? 指名とか同伴とか、そういうシステムないからね? 分かってる?」

「宮廷女官をこのような場に呼びつけるとは、いい度胸ですわ。何の御用か知りませんけれど、場合によっては、出張料金としてレインちゃんを一晩お借り致しますわよ!」

「えっ!? 私ですか!?」

「だって可愛いんですもの! 生で見るレインちゃんホントカワイイ! もうダメ! 好き!!」

「そ、そそ、そんな、あの……えええぇぇぇーっ!?」

「相手が私じゃイヤかしら?」

「め、めめ……滅相もございません! 是非!」

「……レインちゃん。今夜は寝かせませんわ……」

「はぅ……ラナ様、いい匂い……」

「なに!? 何なのこの展開!? どうするハニー!? 俺たちもイチャイチャしちゃう!?」

「そうだね子猫ちゃん♡」

「やべえぞマルコ! ここにはノンケの居場所がねえ!!」

「ロドニーさん! このお店、串焼きバーベキューもあります! ほら!」

「すでに肉しか見えてねえ!?」

「店員さんすみませーん! とりあえず生ビール八つとおつまみセット2テーブル分でー!」

「幹事スキル高ぇなデニス! あ、じゃあ俺、このグリルチキン! チーズ増量で!」

「俺は牛モツ煮込みと冷やしトマトを。煮込みは大皿のほうでお願いします」

「私は、こちらの『串焼きバーベキュー/全種盛り合わせセット』を!!」

「シーザーサラダね」

「イカのマリネをお願いします♪」

「かしこまりましたー!」

 ナイルとラジェシュはオーダーしないようだが、彼らは正式任務としてここに来ている。護衛に就く場合、出発前に軽食をとるのが通例。今日もそれほど腹は減っていないようだ。

 そんなこんなで、彼らはパッと見、面白おかしく盛り上がる『仲良しお友達グループ』のような雰囲気を醸し出していた。男女比3:1。合コンでないことは一目瞭然であろうが、この店の客層として、『女連れ』は珍しかったらしい。

「チッ……うるせえ連中が来やがったぜ。人前でイチャイチャしやがってよお」

 こちらに聞こえるように呟かれたその言葉。

 見れば、二つ離れたテーブルに、いかにも腕っぷしに自信がありそうな男たちが座っていた。大柄な男ばかりが四人。一同は彼らをつぶさに観察し、体つきや言動などから、どこかの貴族の私兵隊が仕事終わりに飲みに来ていると判断した。

 ロドニーは声を落としてベイカーに問う。

「俺たち、そんなに大声出してませんよね?」

「むしろ控えめすぎるくらいの音量だぞ」

「私たちの会話がしっかり聞こえていたら、ああいう反応にはなりませんわ」

「ですよね? ラナ様、さっきハッキリ『宮廷女官』って言いましたし」

「あー、面倒くせえな。非モテの僻みかよ……」

「実質、あぶれたソロプレイヤーの人数はあちらと変わらんのだがな?」

「ちょっとやめてよサイト。その計算、俺とハニーがラブラブイチャイチャな前提じゃない?」

「違うのか? ラピとピーコからは、示し合わせてペアルックにするほどの関係なのに、所属先の都合でなかなかデートできないお気の毒な状態だと聞いたのが……」

「あんのクソ共……。じゃあ今日俺たち呼んだの、純度百パーセントの親切心?」

「ああ。他意はない」

「誤解があるようなので説明させていただきます。あの日同じ服になったのは全くの偶然です。場の流れから『恋人のふり』が最適解と判断したまでのこと」

「そうなのか? しかし、今も『ハニー』と『子猫ちゃん』と……?」

「それはね、サイト。『俺に負けた貴様のことはこれからも無力でカワイイお姫様として扱ってやるからな』という確固たる意思表示であって……」

「ゴーレムプロレスでは負けましたが、実際の現場で私が負けたことはありませんから。『やんちゃな子猫ちゃんは玩具でじゃれて勝った気になっていなさいね』という、大人の余裕です」

「やだなぁハニー、ツンデレちゃん? 良いんだよ、俺に身も心も任せてくれちゃって♡」

「相変わらず可愛いなぁ、この子猫ちゃんは♡ 喉を鳴らして甘える君の顔、今夜はもっと近くで、ゆっくり眺めていたいなぁ♡」

「え~、本当にぃ~? ねえねえ、俺、ハニーがぐっちゃぐちゃに乱れてるとこ、すっごく見たくなってきちゃったなぁ~♡」

「フフフ……途中でストップと言っても、許してあげませんからね♡」

「失神するまでイかせちゃうぞ♡」

「お……おお……なんだこれは!? 存在しないはずのオーディオコメンタリーが聞こえてくる……っ!?」

「私の目には、存在しないはずのバトルリングが見えています……」

「副音声のほうには、『ムカッ』とした時のあのマークしかついてねえのな……」

「さすがは新旧『無敗王』……強い……っ!」

 震え上がるソロプレイヤーたち。では残る二人はというと、彼女らはさっさと投擲場のほうに行っていた。オーダーした料理が届く前に、軽く一ゲーム楽しむつもりのようだ。

 デニス以外はナイフバー初体験。どのようなルールでゲームが進められていくのか、二人のプレイを見学して覚えることにした。

 いかにも荒事に向かなそうなか細い女子二人ということもあり、投擲場のインストラクターも、遊び方の手順を一から丁寧に教えている。

「ああ、なるほど。ナイフの貸し出し時にIDカードの提示を求められるのか」

「はい。危険物ですから、何かあったときの身元確認用ですね」

「おっ!? あっちの客はすごいな。大型ナイフで勝負しているぞ!」

「あ、あれは上級者ですよ。僕も一度チャレンジしたんですけど、あのナイフ、全然まっすぐ飛ばないんです。ほら、あの人も回転させながら投げてるでしょう? 回転数を完全にコントロールできないと、一つも刺さらなくて……」

「ほう……しかし彼らは、ゲームというより実戦用に訓練していそうな雰囲気だな……?」

「あー、かもしれませんねー。さっきのやっかみ言ってた人もそれっぽいですけど、私兵隊とか騎士団員とか、やたら多いみたいですから」

「だよな? どこのテーブルを見ても筋骨隆々とした男ばかりで……っと。いや、もしかして、これは……」

「どうかしましたか?」

「デニス。客観的な目で、正直に答えてくれ。もしかして俺は今、女性客と思われているのではないか?」

「……あ!」

 ここで一同は、ようやく先ほどのやっかみの意味を理解した。

 ベイカーは男女どちらでも着用可能な服を着ている。滅多にない白銀の髪は地味な茶に染め、顔の印象を変えるためにカラーコンタクトと薄化粧を。種族を隠すために人間に化けて、ネズミ耳と角も消している。そして念のため、実際の身分や上下関係が分かりづらくなるよう、デニスの連れのような素振りで入店したのだ。

 その結果、デニスは『ボーイッシュなカワイイ子』を連れた『彼氏』と思われていた。

 マルコは当然のように『女性』のレインをエスコートしていたし、遅れてやってきたラナンキュラスを席まで案内したのは気心知れたロドニーだ。

 ナイルとラジェシュは互いに嫌がらせのつもりで、顔を合わせてからずっと『ハニー』『子猫ちゃん』と呼び合っている。


 誰がどう見ても、三組の男女カップルと一組のゲイカップルである。


 女子枠に組み込まれてしまったベイカーは、隣に座るデニスの顔をまじまじと見つめ、おもむろに腕を絡める。

「ふむ? 体格差はちょうどいい感じか。私服の系統も似ているし、これはたしかに、彼氏彼女に見えるかもしれんな……」

「じゃあ、今日はカップル対抗戦ってことにします?」

「面白そうだな。俺とデニス、マルコとレイン、ロドニーとラナ様、ラジェシュとナイルだな?」

「最後だけちょっとパワーありすぎる気がしますけど……」

「大丈夫じゃないか? どう見ても足を引っ張り合って自滅してくれそうだし」

「あ、それもそうですね」

 ナイルとラジェシュは互いの身体を執拗に撫でまわし、嫌がらせ痴漢バトルに突入していた。オジサンがオジサンに痴漢攻撃を仕掛ける有様には、もはや世界の終わりを感じずにはいられない。

「ア……アァ……アポカリプス、なう!」

「どうしたデニス、大丈夫か?」

「すみません。ちょっと心がワールドエンドの気配を感じまして」

「そうか。ここはもう終末だったのか。道理で絵面が酷いわけだな」

「地獄絵図一歩手前ですよこれ」

「ワカル」

 深く頷くベイカー。ロドニーとマルコも一緒に頷いている。

 そうこうしているうちに酒とつまみが到着した。お試しプレイ中の女子に一言断りを入れ、男子組は一足先に飲み始めた。


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