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この人を仮にAさんとしましょう

作者: 木倉兵馬

 ええ、世の中には不思議なこともあるものでね。

 ある山へ登りに行くこととなりまして、私と仲間の二人で出かけたんです。

 それなりに高い山なんで一日で登るのは難しい。

 そういう訳で、一日目は山小屋に泊まって余力を残すことにしました。

 翌日、山小屋で私が目を覚ました時、近くで寝ていた人が――この人を仮にAとしましょう――妙に暴れるんですよ。

 それが痙攣とかいうものではなく、なんだかもがいている感じでね。

「どうしたんですッ、大丈夫ですかッ」って呼びかけるんですが、Aさんは「タスケテーッ、タスケテーッ」とうわ言を――なんといいますか、叫ぶような、それでいてはっきりと聞き取れないささやきのような感じで繰り返すだけでなかなか起きてくれない。

 そのうわ言をつぶやく――つぶやくというのもシックリこない表現ですが――声もどうもくぐもったような、うがいをするような、ハッキリとした発音ではないんです。

 まあ寝てるからそうなのかもしれないんですが、それにしても変だなー、変だなー、となりましてね。

 そのうち同じ山小屋に泊まっていた他のお客さんも起きだして、みんなしてAさんが変だって感じる。

 みんなでAさんを起こそうとするんですけども、いっこうに目覚めない。

 それどころか、ますますもがいて口からハーッハーッって溺れるような息遣いになって……。

「タスケテーッ、タスケテーッ」っていう、伝えづらい声を発して口をパクパクさせてね。

 やだなー、怖いなー、って思っているときに、私の仲間がポツリというんです。

「この人、さっき夢で見たような……」

 言われてみると私もさっきまでこの人を夢の中で見かけたような気がする。

 手当を他の人に任して、仲間と語り合うと、妙なことがわかったんです。


 ――二人とも同じ夢を見ていた。――


 夢の内容ってのは、単に川を船で下っていたってだけのものなんですがね。

 ただ、語れば語るほどおんなじ夢だって事がハッキリしてくる。

 私は聞いたんです、目を覚ます前、どんな光景を見たかって。

 すると、仲間はこう答えるんです。

「Aさんが川にカメラかなんかを落として、拾おうとしたら自分も船から落ちてしまったところだった」

 それは私も見ていた。

 全くおんなじ光景を私も見ていたんです。


 そこで「そうか!」って思い当たった。

 ああ、この人、夢で船から落ちたから帰れなくなったんだな、多分絶対そうだってなったわけです。

 助けないとむごいことになる、助けるためにはまた夢を見なくてはってことも直感的に分かった。

 が……間に合わなかったんですねえ。

 Aさんは急に動かなくなって、そのまま息絶えてしまった。

 

 あとで聞いてみると、その山小屋に泊まってた人みんな同じ夢を見ていたんです。

 そして誰もがAさんが川へ落ちるところを見ていた。

 悔やまれるのは、夢の中で助けられなかったことです。

 しかし、どういうわけで共通する夢を見たのか、どうして夢が現実に影響を与えたのか、それだけはハッキリとはわからないんですね……。


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