第8話
悪魔の炎が迷宮を塞ぐ魔虫を舐め取るかのように燃やし、瞬く間に次々と黒く弾けさせる。
黒い虫の壁が紅き炎の壁へと変わる。
空中に浮いた見知らぬ文字は紅く輝き、私はその文字から目が離せなかった。
かつて、あれ程、羨望し渇望した力が目の前で自身の魔力を使われて発動している。
道具に封じられ解放された誰の魔力とも知れない偽の炎とは違い、私の中で溜まり続けた魔力を明確に感じられる。
あぁ、努力は実ったのだ。
何日も魔法が使えると信じて自身を顧みず全てを犠牲に魔力を鍛え、魔力の容量ばかり増え、そして…
シャドーゲイザーが放った炎は紛れも無く、私の魔力だ。
間違える訳が無い、間違えようがない!
私の中で溜まり続けた力だ!
私自身の魔力で発動した力が敵を討つ。
心が湧き立ち、血の全てが沸騰したかのように熱い。
こんなにも素晴らしい感覚なのか!
最早、この感情を現す言葉さえ見つからない。
長い長い一瞬の間。
文字が消えるとそこには魔虫の影さえも見当たらない。
夢見心地で覚束ない足取りで前に進む。
小鬼の頭が覗く。
違う、お前じゃない。
出てくる前に頭を叩き割る。
居ない、違う、居ない、違う…
気付けば私は駆けながら笑い声を上げていた。
居ない、居ない、何処にも見当たらない。
悪魔の炎の残滓、私の魔力の残滓を頼りに道を駆け抜ける。
あの一度の業火で魔虫を一掃したのだ!
こんな事、あいつらにさえできないだろう!
詠唱も、素材も、儀式さえも必要としない、全く異なる悪魔の魔法。
あの文字は悪魔の言葉だろうか、他にはどんな魔法があるのか。
悪魔と、シャドーゲイザーと契約した私だからこそ、できたのだ!
素晴らしい!
そして、あの炎を私が操れるように成ればどんな素晴らしいか!
考えただけで…ふふ。
…ここで私の魔力の残滓が途切れている。
周囲には何も見つからなかった。
魔虫は群れで行動する魔物。
全て悪魔の炎が飲み込んだ。
1体も余さず焼き尽くしたのだ。
来た道を戻って見落としがないか、小鬼の魔石を拾いながら進むとしよう。
そこでやっと気がついた。
服装が変わっている。
足元まで隠す白いロングコートに肩掛けカバンといった服装が毛糸の帽子に首元の宝石の首飾り、厚手で袖と裾に大いに余裕があるセーターワンピース、手元には銀色に輝く棍棒。
肩掛けカバンは跡形もなく消え、セーターワンピースを探ってもポケットらしきものは無い。
…魔石はどこに仕舞おうか。
▽▽▽▽▽
…汚物は消毒したよ。
うん、考えてる以上の火力に驚いた。
あの絶望の壁は一撃で燃えた。
瞬く間に燃え広がった。
印術、強いね。
そりゃ、消費MPも高くなるよ。
ただ、ご主人が壊れた。
突然、テレビの映像がブレた時はMPの使い過ぎでご主人が倒れた!?
と思ったら千鳥足で迷宮を歩いて迷宮から湧き出るゴブリンが全身が出る前に銀の鎚でモグラ叩き状態。
途中で攻撃してもいいの?
出てくるまで待つのがセオリーじゃない?
最後は不気味な高笑いを上げながら迷宮を走るご主人。
想像してほしい、銀髪の女の子が銀の鈍器を持って壊れたように高笑いをしながら走る姿を。
…おぉう。
原因は火の印術の過ぎた火力だよね。
私の力だ、私の魔法だとか叫んでたし。
威力が高かった事にお気に召したようだ。
途中、この規模の魔法は詠唱、素材、儀式が必要とか何とか。
…人前で使うのは止めた方が良いかな?
周囲から化け物扱いをされれば待っているのはリアル魔女の火炙り。
うん、悪魔と契約してるから言い逃れはできないし気を付けよう。
…炎の聖印を使ったらご主人、気が狂うかもしれない。
なんせ、火力を上げて相手の耐性を下げるからね。
威力がドンと上がるだろうし。
ご主人の命の危機以外は使用しないようにしよう。
まぁ、現状はMPが足りないから続けては使えないと思うけどね。
…使ってすぐに印術マスタリーと火の印術のスキルレベルが4に上がったけどね。
次はもっと効果が高いよ。
ご主人、狂気に呑まれないといいんだけど。
やだよ、狂人となったご主人と最後を共にするのは。
まぁ、悪魔と契約する時点で狂気に囚われてるかな。
火の印術を使ってから数を数えてみてMPリカバリーの効果を確認したけど…まだ回復しない。
25,000は数えた。
大変だし、途中で何度か間違えたけど約1時間は既に経ったけど思ったよりも回復しないものだね。
回復量は0です。
今後のスキルレベルに期待かな。
…え?
前の姿に戻せって?
肩掛けカバンが無くて困る?
衛生兵の時は荷物が入れるのがあったのに今はない?
戻すったって…タブレットの画面を印術師ツリーから衛生兵ツリーにスライドするとご主人が満足気な声を出した。
ふぅ、どうやら合ってたみたい。
でも、姿を戻せ、かぁ。
どんな姿だったのかな。
ご主人、美少女だからなぁ、何を着ても似合い…いや、顔はきつめだから似合わないものもありそう。
はぁ、鏡とかでご主人の格好を見て見たかった。
うん、まともに見た時は召喚時のボロボロの姿だったし、外の世界はご主人の視界を頼りにしてる。
自分の服って中々視界に入らないものだからご主人の格好はよく見れない。
…顔がきつめのフリフリドレスを着た魔法少女を想像した。
以外に似合うな、ご主人。
悪役に居そうって意味で。
え?
さっきの悪魔の火の魔法を教えろ?
教えろって言われても…
会話が一方通行なのにどう話せというのか。
…いや、虫は捧げなくていいから。
虫が好きで使った訳じゃないから、逆に苦手だから!