第7話
洞窟の中にしては不自然な明るさがある迷宮でそこだけが暗くて目立つ。
その一歩先さえも見通せない闇がまるで生きているかのように蠢いていた。
闇から何かが一瞬、姿を現したが闇へと戻る。
いや、闇自体が少しづつ前進している。
その闇の真相は…
地球にも何万年も前から存在した最古の虫、ゴキブリである。
え?
…何あれ?
ご主人、今日の依頼ってアレ?
ふふ、明らかに日本語じゃない文章が読めてヤベー、勉強せずに読めるとか最高とか喜んでた自分をぶん殴りたいっ!
大量の、人の頭程の大きさのゴキブリが迷宮を塞ぐ形で蠢いている。
え、絶望しか感じないけど。
これがイビルバグ、悪魔さえ恐る虫。
…ご主人、逃げよう。
あれはゴブリンとは別種の危険性があるから。
うん、遠くから火矢なり放って燃やそう。
だから、その銀の鎚で突撃なんて考えないで!!
待って、心の準備が…っいやぁぁぁ!!
悪魔となった俺は気絶という心の安全装置が無いらしい。
目の前で蠢くゴキブリの群れ。
そこに銀の鎚は既に見えず人間の腕が埋もれていく光景。
何匹かは一振りで潰れたかもしれないけど、その穴を埋めるように新たなゴキブリが出てくる。
人の頭程の大きさのゴキブリが腕からこっちに向かって…
んぎゃあぁぁぁ!!!
ヤバいヤバいヤバいぃぃぃ!!!
死ぬ死ぬ、マジで死ぬ、気持ち悪くて死んじゃうぅぅぅ!!!
タブレットをチェックしてもHPは減ってないけど、精神的には瀕死です!
俺が!
え、ご主人、何をぉぉぉ!?!?
素手でゴキブリを潰しちゃった!?
いや、黒く染まって弾けたからそんなにグロくはないけど、ないんだけどさ!
ご主人、女の子だったよね?
え、虫大丈夫系、虫スキーな方ですか?
…いやぁぁぁ!!!
もう、無理です。
ゴキブリに突っ込んでどれぐらい経った?
数分?
数時間?
…まさか数秒?
…はは、まだこんなに、ゴキブリがいっぱい。
向こう側が見えないよ。
タブレットで確認してもご主人のHPが減ってない。
…噛まない?
いや、この集団に襲われたらひとたまりもないですよ!
え?
ご主人馬鹿じゃないの!?
こういうのは遠距離から低威力でもいいから広範囲の攻撃を撃ち込むのがセオリーじゃん!
…いや、手持ちの攻撃スキルは鎚による振り下ろししかないけどさ!
はは、接近しないと使えないし、使えてもこの規模じゃ焼け石に水さ。
…それ以前にご主人にヘヴィストライクを習得した事をどう伝えるかさえも分かってないし!
キュアは使えばご主人は反応してくれたよ。
肩掛けカバンから液体の入った瓶がキュアのモーションなんだろうなって予想が付いたし。
…ご主人に使った時はそんなモーション無かったけど、ご主人と他人の差かな。
その後MPはご主人が寝るまで回復しなかったけどね。
時間経過じゃなくてある程度、寝ないとMPが回復しないタイプでした。
無闇にスキルは使わない方が良いかな。
10しかないし。
というか、この規模のゴキブリの群れを1人で片付く訳ないじゃないですか。
普通、複数の人手で火なり毒なり使って対処するレベルでしょ。
…タブレット見ても、広範囲を攻撃できそうなスキルはないし…
凄い勢いで鎚マスタリーのレベルが上がってるけどね。
もうレベル4まで上がってるし。
スキルレベルの上げ方は熟練度みたいに使えば使うほど上がるのかな。
…寝たら回復するし、MPは余らせたらもったいないかも。
スキルをご主人が眠る前に限界まで使えばいいかも。
《選択して下さい》
え?
《選択して下さい》
これって…ご主人と会った時に聞こえた声?
《選択して下さい》
確か、あの時は…ご主人が手首を切って血が流れてて…
《選択して下さい》
治したいと思ったら衛生兵ツリーが解放された…
なら今この時、必要なモノを欲しいと考えれば…
《選択をして下さい》
目の前のゴキブリを一掃する火力が欲しい。
一撃で全てを仕留める程の火力!
《選択を確認》
【印術師ツリー解放】
タブレットをスライドすると衛生兵ツリー以外に印術師ツリーという画面が加わっていた。
〜〜〜〜〜
【印術師ツリー】
⚪︎印術師の心得
印の知識を深め、印術の効果が高まる
効果:属性攻撃、属性防御の効果が上がる。
⚪︎印術マスタリーLv1
印術を用いての戦闘技術が向上する。
効果:印術使用時、威力が上がる。
〜〜〜〜〜
印術師、魔法使いっぽいの来た!
一刻も早くゴキブリを焼き払わないと。
丁度、火に関するスキルがいくつかあるし、ご主人のレベルも10まで上がってる。
5個スキルを習得する事ができる。
衛生兵ツリーにも使えそうな奴がないか確認して習得しよう。
〜〜〜〜〜
【衛生兵ツリー】
⚪︎MPブーストLv1
精神を研ぎ澄まし魔力の増幅を図る。
効果:MPが増量する。
⚪︎MPリカバリーLv1
精神を落ち着かせ魔力の回復を図る。
効果:一定の時間経過によりMPが回復する。
【印術師ツリー】
⚪︎火の印術Lv1:MP8
火の印術を描き敵を攻撃する。
効果:相手に火属性のダメージを与える。
⚪︎炎の聖印Lv1:MP6
聖なる炎の印を描きその場の領域の属性を変化させる。
効果:火属性の効果を高め、相手の火属性耐性を弱める。
⚪︎MPブーストLv1
精神を研ぎ澄まし魔力の増幅を図る。
効果:MPが増量する。
〜〜〜〜〜
…コストが重い。
炎の聖印を使った後に火の印術を使った方が火力が出そうだ。
MPリカバリーでMPは時間経過で回復するようになったけど…どれだけの時間で回復するのか未知数だし、今回は火の印術だけで様子を見よう。
▽▽▽▽▽
魔虫を銀色に輝く棍棒で叩き潰すと黒く弾ける。
叩き潰しても次の魔虫が湧き出る。
文献によるとこいつらは一切攻撃をしない珍しい魔物だ。
仲間が倒されても自身が傷つけられても反撃すらしない。
しかし、いくら倒しても次々に湧き出てくる為、倒し損なえば身体にまとわりつき、無駄に体力が削られ身動きが取れない状況にまで追い込まれる。
1体1体は軽いがそれも何十、何百と重なれば身動きどころか、骨を折り、呼吸さえ出来ぬ程、押さえ付けられる。
しかし、私はシャドーゲイザーと契約したおかげで身体能力は常人を遥かに上回り、無尽蔵な体力を得た。
銀色の棍棒も振るう度に扱いに慣れ、より的確により効率良い動きに変わる。
何も落とさないが故に敬遠する魔物だが、私にすればシャドーゲイザーの成長以外にも私の戦闘技術の糧になる。
脆い、脆いが、終わりが見えぬ。
振るう度に弾け、後方の新手が群がる。
無限のように見えて、敵は有限。
しかし、こちらは悪魔と契約した恩恵で無限の体力を手にした。
魔虫を全て討伐するのも時間の問題だな。
さて、どんどん削るとしよう!
そう意気込んだ私を止めるかのように、目の前に赤い見慣れない文字が浮かび上がった。
そして…目の前には火が現れた。