第6話
チーズの乗ったパンを齧る。
固くボソボソとして口の水分が容赦なく奪われる。
男達の声が耳に障る。
味気ない朝食、喧騒な冒険者組合。
以前とは変わり果てた現状に元凶たるあいつらの事が恨めしい。
黒パンを喰い千切る。
シャドーゲイザーのお陰でゴブリンから奪った木の棍棒は銀色に輝く柄の長い鎚へと変わった。
重さも私が振るうに丁度良い重さであり、小鬼はおろか、小鬼亜種さえも圧倒した。
憑依の際に私の衣類まで変化させたシャドーゲイザーだ。
武器を変える事も可能な事なのだと納得がいく。
しかし、あの時…
小鬼亜種に襲われていた冒険者に会うなり肩掛けカバンが重くなり、探れば液体の入った瓶が2つ入っていた。
虫の息なケダモノ2匹に瓶が2つ。
シャドーゲイザーはコレを掛けろと言いたいのか。
この液体はなんだろうか。
シャドーゲイザーの意図が分からないまま瓶を開け、中身の液体をケダモノ2匹に掛けた。
結果はすぐに出た。
折り曲がっていた手足は綺麗になり、飛び出していた骨は肉が隠し、怪我が治っていく。
私は結果を最後まで見ずにその場を後にした。
シャドーゲイザーの意図は分かった。
しかし悪魔が何故、契約者以外を治そうとしたのか。
人の負の感情を好む悪魔が人助け?
そんな馬鹿な話があるだろうか?
シャドーゲイザーの考えが分からず、私は来た道を戻った。
帰り道でも小鬼は湧いて出たが倒した時の気持ちは一切、心地良さがなかった。
分からない、分からないから不安だった。
まるで裏切りれた思いだ。
もし、私があいつらに…その時はシャドーゲイザーは同じように癒そうとするのだろうか?
…ダメだ。
それはダメだ!
お前は私が契約した悪魔だ。
禁忌を犯してまで召喚した私だけの悪魔。
他者に力を貸すなんて許さない。
私だけに力を貸して!
その後、迷宮に出るまでには私の考えは纏まっていた。
怪我人を悪魔に見せてはならない。
他者が傷つけば、シャドーゲイザーは癒そうとするならば、傷つく前に私が力を振るえば良い。
文献には悪魔は契約者が望まぬ行為をすれば力を貸さなくなるという。
それどころか、契約を破棄し、世界の裏へと還る者も存在するらしい。
即ち、他者を見捨てればシャドーゲイザーは私から遠のく。
…ふん、まさかシャドーゲイザーは私に英雄として在れと言いたいのだろうか。
怪我人を癒し、敵を討つ。
それで私が強くなるなら、そうしよう。
冒険者組合には小鬼共の魔石を売り払った。
肩掛けカバンをひっくり返し、受付カウンターから溢れんばかりの小さな魔石。
受付をしていた女は慌てていたが、それなりの金額に変わった。
小鬼の魔石とはいえ、カバンの大きさ以上の容量を売れば、小遣い程度の金額になるらしい。
同時に安く比較的安全な宿屋の場所を尋ね、そこに泊まった。
…安過ぎるとケダモノが夜這いするような所も存在するらしいからな。
欲しい魔道具があるから節約はする。
しかし、身の危険を犯してまで削る訳にはいかない。
…本当は昔泊まった事のある宿屋に行きたいが…無理だからな。
道中、怪我をしている者に会ったが、カバンが重くなる事はなかった。
もしや、迷宮で怪我人を癒したのは悪魔の気まぐれだったのだろうか。
一晩寝て、冒険者組合で食事を摂る。
さて、本日はクエストなるものを受けてみよう。
冒険者のランクを上げるには冒険者組合が発行する依頼をこなすと良いと職員の者に聞いた。
さて、朝食は済んだ。
クエストはあの壁に貼られてるのを取って受付に渡せば受けられる、だったか。
クエストにもランクが有り、冒険者のランクの1つ上まで受ける事ができるらしい。
私ならば冒険者のDランクだからCランクのクエストまで受ける事が可能だ。
クエストの種類は多岐に渡り、特定の魔物を倒す、迷宮内で薬草を採取する、迷宮内の護衛など様々なものだ。
私はシャドーゲイザーの成長のついでに冒険者のランクを上げたいから討伐クエストが最適だろう。
さっきまでケダモノ共が群がっていたが、私が朝食を済ませている間に殆どはクエストを選び受付に向かった。
残っているDクエスト或いはCランクは…黒紙の小鬼系統討伐か。
黒紙は常時受けられるクエストだから取らずに名前を言うだけで受けられるのだったか。
昨日の小鬼の魔石を売った際にもクエストを達成したと言われたな。
言わなくとも、結果を出せば良いのか。
昨日の小鬼の出現率を考えれば妥当だな。
アレを1枚づつクエストとして発行しては紙代が膨大にかかるからな。
他にも討伐クエストならばあるが、Bランク以上しか残っていない。
…早くランクを上げるべきか。
いや、こいつは…なるほど。
では、小鬼系統討伐とコレを受けるか。
列は…あの強面のケダモノの場所が空いてるな。
早く行くか。
人数の少ない列に並んだお陰で数分も待たずに受付に辿り着いた。
「用件は?」
「小鬼系統の討伐と、コレを受けたい」
冷徹なケダモノの短い言葉に私はクエストの内容が書かれた紙を差し出す。
ケダモノは紙を受け取ると眼鏡を少し上げ、クエストの内容を確認している。
「…魔虫の群れの討伐依頼、受領しました。
貴方に幸運を」
ケダモノは紙に印を押し、私に渡した。
迷宮第一層東部に魔虫の大量発生した。
コレを討伐せよ。
魔虫、文献では現れると条件が揃えば爆発的に数を増やす厄介な魔物。
過去の事例では迷宮第一層を埋め尽くし、迷宮の外へと侵攻してきた事がある。
しかし、魔虫は数は多いが大人が踏めば倒せる魔物で落とす魔石も探すのが大変なほど小さく、冒険者から敬遠されている。
稼ぎにならないからだ。
しかし、倒さねば迷宮を埋め尽くす恐れがある。
だから発見され次第、討伐をDランクの依頼として冒険者組合が発行しているらしい。
ランクを上げたい冒険者が得点稼ぎの為に受ける依頼だ。
達成条件は魔虫全ての討伐か女王種の討伐。
習性として群れで固まって動く為、群れを見つければ討伐も容易いだろう。
そして、数が多ければ得られる魔素も多くなる。
シャドーゲイザーの成長に一役買ってくれるだろう。