第2話
あー、お米を食べたい。
味噌汁と魚の煮物、レバニラ、この際、塩むすびでもいい。
目の前のチーズの塊を乗せた丸いパンを見ながら俺は日本人のソウルフード、炊きたて白米を思い浮かべていた。
パンが近付いて少し離れた時には少し欠けたチーズパン。
白いチーズに黒くて固そうな丸パン。
パンの歯応えに塩味のチーズ…ゴクリ…
いや、これも美味しそうだけど、やっぱ朝は米じゃないと日本男児は元気がでません。
まぁ、俺が食べてる訳じゃないけど。
これはご主人の朝食。
俺はそれをまるでテレビの画面から見ているだけの状態。
そう、ご主人は俺の目の前で悪魔とか叫んで手首を切った彼女だ。
彼女曰く、俺は彼女に召喚され契約し使役されてる憑依型悪魔だとか。
どうやら、車に轢かれた俺は悪魔になったらしい。
うん、訳が分からない。
取り敢えず、彼女の事はご主人と呼ぼう。
名前を教えてくれなかったし。
ご主人からはシャドーゲイザーなんて名前まで貰った。
本名は違うけど…
影みたいな体でご主人を白い目で見ていたからだそうだ。
うーん、確かにご主人に触れた時、俺の手は黒くて驚いたけど、ご主人を呆れたように見た覚えはないんだけど。
ご主人とは契約したからか、一部の感覚を共有している。
聴覚と視覚だ。
まぁ、音はご主人の声が良く聞こえる。
他の音はトンネルの中で響いているように聞こえるけど。
視覚はご主人が見ている景色と同じものが見える。
テレビに映ってる感じだよ。
俺が居る所は暗い場所だ。
暗闇の中にあるのはご主人の視覚と繋がったテレビともう1つ、タブレットのような物がある。
タブレットにはMTというロゴが画面の裏にあって、画面にはゲームのキャラクターのようにご主人のステータスが載ってる。
LvやHPとか色々と載ってる。
ゲームをやってたから数値の意味は大体見当が付き易い。
Lv、レベル。
これを上げればステータスが上がってご主人は強くなれると思う。
現在は1。
経験値というか、次のレベルアップに必要なエネルギー的な指標となる数値はないようだ。
HP、ヒットポイント。
つまり命を数値化した物。
これがゼロになると瀕死状態、もしくは…ご主人が死ぬ。
HPの右側には10/10という数値がある。
多分、左の数値が現在のHP、右が最大HPだと思う。
HPは満タンだ。
MP、マジックポイント。
つまり、技や魔法を使うのに必要なエネルギー、魔力。
これはゼロになると技や魔法が使えなくなるんだと思う。
これもHPと同じように右側に10/10と書いてある。
魔力も満タンだ。
STR、ストレングス。
つまり、腕力や脚力などの力。
数値は1なのはご主人は女の子だからおかしくはない。
INT、インテリジェンス。
つまり、知性や知能などの数値。
これも1…ご主人、大丈夫か?
VIT、バイタリティー。
つまり、持久力や体力。
これも1…
WIS、ウィズダム。
つまり、知恵や賢明さ。
…1。
AGL、アジリティ。
つまり、俊敏さや軽快さ。
…1。
LUK、ラック。
つまり、幸運。
…1。
…いや、ご主人がレベルが低いからステータスも低いのだ。
決してご主人がポンコツだからという訳ではないはず。
例え、貧弱で阿保で病弱で馬鹿で鈍間で不幸でもそれは偶然の一致。
ステータスはあくまで目盛りだけのはず。
…大丈夫か、ご主人?
魔物を倒すとか騒いでいたけど無理じゃないか?
タブレットの画面をスライドし、ステータス画面とは別の物を開く。
〜〜〜〜〜
【衛生兵ツリー】
⚪︎衛生兵の心得
医術の知識を深め、回復効果が上昇する。
効果:スキルによってHPを回復する時、その効果が上昇する。
⚪︎キュアLv1:MP3
対象を簡易な医術で治療する。
効果:対象のHPを小回復。
〜〜〜〜〜
ご主人に取り込まれた時に咄嗟に使ったけど、手首の傷は治せたらしい、良かった。
それ以外の傷も契約の際に治ったと言っていたけれど、これはやっぱり回復スキルと考えればいいのかな。
MP3って書いてあるのはMPを3消費して発動って事かな。
…衛生兵の心得は常時発動するスキルでキュアは任意発動するスキルって事かな。
今の状態ならキュアは三回撃てるぞ。
MPは最初に一回使って今は満タンだから時間経過で回復するのか。
HPも時間経過で回復するならキュアも節約するんだけどね。
衛生兵ツリー解放と言葉が聞こえた気がしたけど、幻聴じゃなかった。
衛生兵の心得やキュア以外にも書いてあるけれど文字が透けてる。
未習得という事かな。
キュアの下に伸びる線にはLvMAXと???と書かれてる。
条件を満たせば???を習得できるって事だよね。
問題はどうやってレベルをあげるのか。
キュアの右にあるレベル、スキルレベルと言おう、スキルレベルは使えば上がるのか、何か条件を満たさないと上がらないのか。
…ゲームみたいだよ、本当に。
似たようなゲームはやった事があるようなないような。
俺がスキルを使えるのは分かったけど、ご主人は使えるのだろうか。
魔物を倒しに行く前に試して欲しい。
しかし、それを伝えるのが難しい。
何故なら、俺の意思をご主人に伝える術が無いから。
…ご主人が人の話を聞かない猪突猛進な人って訳じゃないんだ。
ご主人からの意思は言葉で俺に伝わる。
けれど、俺は言葉を発する事ができないし、このテレビとタブレットしかない暗闇から出る事もできない。
ご主人が移動している数日間、色々とやったけど、効果なし為す術なし。
叫んだり、テレビを揺らしてみたり…
まぁ、思い付く限りの行動を試した。
ご主人に干渉できるのはキュアのようなスキルのみって事が分かった。
さらに、ご主人が寝てしまえば、テレビも電源が落ちたように映らなくなる。
多分、気絶しても同じ結果になるだろうね。
そして、ご主人が死んだらと思うとぞっとしない。
どうなるか分からないからね。
ご主人に取り込まれた俺はご主人が死んだら消滅するかもしれない。
自由になるのかもしれない。
分からないからご主人は慎重に動いて欲しいし、なるべく長生きして欲しい。
その為のサポートはするさ。
だけど、その前に装備を整えてから行った方がいいんじゃない!?
何、白衣で自信満々になってるの!?
それ戦闘服じゃないよ!?
いや、医療機関なら戦闘服だろうけど…
ほら、周りの人も止めてるよご主人!!
…いや、なんで返って燃え上がってんの!?
…軍資金が切れた?
あのチーズパンで使い果たした?
馬鹿じゃないご主人。
せめて武器を借りようよ。
今は得物がないんだよ?
ステゴロで魔物とやらと戦う気?
そうだ、ここって冒険者組合って場所なんだよね!?
ほら、組合の職員さんに言えば武器を貸してもらえるってば!!
ちょ、周りも囃し立てないでぇ!!!
待って、丸腰で迷宮に潜らないでぇぇぇ!!
ご主人、自殺行為は辞めてぇぇぇ!!!