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6話 二章 新婚プランナーの訪問 上

 それは突然の訪問だった。予定のなかった客人を知らせるベル音を聞いて、リビングにいたティナは、読書をしていた本のページから目を上げた。そばにいた執事ロバートも、「一体どなた様でしょうかね?」と疑問を隠せない様子だった。


 クライブ家の玄関前に立っていたのは、一見するとスカートにも見える、丈の長いフリルたっぷりのお洒落な赤いジャケットを着た女性だった。乗馬用みたいにピッチリとしたズボンとブーツという恰好をしており、大人の女性はほとんどスカート衣装が定着しているこの国では、あまり見ない珍しいズボンスタイルだった。


 その女性は清潔感と品を漂わせて、きっちり髪を結い上げていた。首まで隠すタイプのシャツの首元には、自身と同じ瞳の色をした藍色のブローチをしている。年頃は三十前半くらいで、自信たっぷりの営業スマイルが眩しかった。


 客間に通された彼女は、メイドによってテーブルに二組分の紅茶の用意が整うと、開かれたままの扉を背に立つ執事ロバートが見守る中、改めて自己紹介を行った。


「わたくし、【新婚プランナー】のアグネシア・フォーマルと申しますわ。王都に店を構えておりまして、このたびは、エディー・ニコル様に是非とも、とご紹介を受けて参りましたの」


 わたくしの夫の元部下ですの、とアグネシアは饒舌な口調で語った。商人貴族だった父から商売の才を受け継ぎ、結婚してから自分の店を構えたのだという。


 廊下から、室内の様子を覗き見ていたメイドのメアリーたちが、「先日来た旦那様の部下ですわよね?」「確か副隊長の」と互いの顔を見合った。ロバートが、口に出掛けた言葉を飲み込むように、目頭を押さえて丹念に揉みこむ。


 エディー、余計なことを……。


 紅茶にも手を付けないまま宙を見やったティナと、なんとも言えない空気を漂わせているロバートたちの感想は、見事に一致していた。先日に顔を合わせたエディーの様子を思い返すと、どうしてか楽しげに親指を立てている姿が想像される。


「ひとまずは、新婚プランナーというお仕事について、ご説明致しますわ」


 こちらのぎこちない沈黙にも余裕の態度を崩さないまま、アグネシアが慣れたようにそう言った。


「簡単にざっくり申しますと、わたくし達は夫婦の営みから子育てまで、共に暮らす中で起こる全ての悩みに応えるのがお仕事ですの。デートプランや新婚旅行プランもプロデュースし、ご提案させて頂いておりますわ。取引先も多く、ご衣装や生活用品の物販も仲介させて頂いております」


 彼女はそこで一旦説明を切ると、何か質問や疑問点はございますか、と確認してきた。ティナは、仕事内容の説明を聞いた時点で、既に答えが決まっていたので「いいえ」と答えてから続けた。


「そもそも、新婚プランナーの必要ありませんので、どうぞお構いなく」


 真顔のまま、提案をバッサリ断った。

 すると、アグネシアが一歩も引かない様子でこう推してきた。


「そうおっしゃらずに。ご相談料も、そんなに高くありませんのよ。取り扱っている商品につきましても、全て信頼がおけるブランド物となっておりますけれど、出来るだけ高くならないよう値段を設定しておりますの。――むしろ、わたくしが新婚夫婦の初心なさまを間近で見て、ニヤニヤしたくてたまらないのですわ!」


 途中まで営業スマイルを張り付かせていたアグネシアが、唐突にカッと目を見開いて勢いよくそう言った。鼻息を荒くして「大変興奮致します」と口にしたかと思うと、「まだ結婚して一ヶ月未満と伺っておりますわッ」と身を乗り出してきた。


 その理由が根底にあると考えると、余計に嫌な気もするのだけれど……。


 というか、それは個人的な趣味を仕事にしているという話なのではないだろうか。ティナはそう思いながら、新婚プランナーがウチには本当に必要ないことを伝えるべく、口を開いた。


「彼は同じ村で産まれた幼馴染なんです。実は、王都に出て騎士になったのですけれど、八ヶ月ほど会わなかっただけで『寂しくて死んでしまう』と突撃されまして、それで気付いたら結婚していたというか――」

「まぁ! なんって激しく一途な熱いプロポーズなんでしょう!」


 アグネシアが、そう叫んでこちらの話しを遮った。感極まった様子で口に手をあてると「想像していたより情熱的な結婚話に悶えますわ」と、ぷるぷると震える。


 何か、ひどく激しい勘違いをしている気がする。


 ティナは改めてきちんと説明しつつ、彼女の認識を確認しようとしたのだが、体勢を立て直したアグネシアが「それでは」と切り出す方が早かった。


「すぐに新婚生活のご相談というのも、信頼関係がないことには難しいものがあるかと思います。ですので、まずはお洋服なんていかがでしょう? わたくし、先程も申しました通り、物販の仲介業もやっておりますの。目的別にご衣装のご提案もさせて頂くことも可能ですし、一からデザインを決めて作っていくことも可能ですわ」


 アグネシアがそう言いながら、足元に置いている大きな革の鞄を叩いた。やけに重そうだと思っていたが、どうやら商品の資料などもぎっしり詰まっているらしい。

 そこには素直に感心して、ティナは「すごいわ」と呟いた。


「本当にお仕事の内容が、幅広いんですね」

「元々父のお店で、オーダーメイドのドレスを作っておりましたの。女の子を可愛らしく着飾るのが、大変たまりません、特に少女から大人なりたての、初々しい感じの子がド好み――おっほん。つまり、寸法をお任せ頂ければ後は全てお任せあれ!」


 アグネシアが、満面の笑顔で「んっ」と、お茶目な様子で親指を立ててきた。


 個人的な趣味や本音がだだもれになっていた直前の台詞が、それだけで完璧に取り繕るとでも思っているのだろうか。ティナは彼女に、エディーと同じモノを感じてなんとも言えなくなった。


 危機感を覚える個人的な好みや趣味を聞いて、メイドたちが「えぇぇ……」とこぼしている。視線をそらしている執事ロバートが、「エディー様、ほんっととんでもないのを寄越しやがって」と、珍しく素の口調で何事かを低く呟いているのも気になった。

 ここは、自分がきちんとお断りしなければならない。ティナは一旦、紅茶で喉を潤して心を落ち着けると、彼女が諦めてくれる言葉を探して切り出した。


「必要ありません。そもそも昔から寸法を測られるのも慣れなくて、私服についても、わざわざオーダーメイドで作ったりはしていないんです」

「あら? それでは、お洋服はどうされていますの?」


 寸法はぴったりみたいですけれど、とアグネシアがティナの服を不思議そうにまじまじと見つめる。このまま外出しても問題のないしっかりと作られた素敵な服で、コルセットで締めなくとも、ウエストのラインがキレイに見えるよう縫製されているタイプの物だ。


 しげしげと全身を観察されているティナは、一体何を見ているのだろうと思いながら答えた。


「衣装タンスに、まだ着られていない服が沢山入っているんです。自宅から持ってきた物も何着ありますし、ですから新しい物は必要ないかと」

「つまり、ご結婚された時には、既にご衣裳が全て揃えられていたのですか? でも、寸法はされていないのですわよね? それでいて、サイズは全てぴったりですの?」

「今着ている物もそうですけど、サイズは特に問題ないですよ?」


 ティナはきょとんとしつつも、愛想良くそう言った。


 その全く疑問を覚えていない様子を見て、アグネシアが問うような目を執事ロバートへと向けた。彼は数秒ほど見つめ返すと、「――旦那様がご用意致しました」とだけ答えた。

 それを聞いたアグネシアが、察したと言わんばかりに口許に手をあてた。「なんてことでしょう」と感極まって震えたかと思うと、唐突にガバリと立ち上がって、びっくりするティナの手を両手でガシリと包んだ。


「わたくしッ、あなた方ご夫婦を全力で観察し――おっほん。応援致しますわ!」


 今、観察って言った?

 ティナは、彼女の勢いに戸惑いつつも、「あの」と声を上げた。


「悩み相談も必要ないので帰って下さい」


 弱々しいながらも、きっぱり言葉で拒否を伝えたつもりだった。しかし、やはりアグネシアはこちらの話など聞いていないようだった。思い出したように鞄の中を探り始めると、お近づきの印だと言って、一枚の夜着を差し出してきた。


「結婚して今くらいの時期の悩みは、分かっておりますわ。雰囲気を一つ変えるだけで効果抜群!」


 自信たっぷりに彼女が広げて見せてきたその夜着は、布地が頼りなく思えるほど面積がなかった。下着の一つにしか見えず、どうしてか若干透けてしまう薄い素材で作られている。

 ちょっと腰を曲げただけで、尻が見えそうなワンピースみたいだとティナは思った。そもそも、結婚して二週間も経っていないというのに訪れる悩みとは、一体なんなのだろうか? 効果抜群って、……何が?


 ティナが首を捻る間も、アグネシアは意気揚々と夜着を見せつけて「さぁ受け取ってくださいまし!」とやっていた。再び目元を押さえたロバートが「大変危険なのでやめて頂きたい……」と呟くと、使用人一同を代表して歩み寄り、こう言った。


「フォーマル様。大変申し訳ございませんが、それを受け取ることは出来ません」

「もしや、白色がお好みかしら? 今なら、太腿に付ける飾りもセットで――」

「奥様になんて格好をさせようとしているのですか」


 却下です、とロバートはぴしゃりと断った。


 アグネシアは残念そうに溜息をこぼすと、どうして駄目なのかしら、とぶつぶつ言いながらその夜着を鞄にしまった。代わりにこれをプレゼントさせてくださいませ、と五枚の乾燥した花弁が入った小袋を取り出す。


「最近、ウチのお店で取り扱っている、人気の香料の商品なんですの。これが一回分ですわ。今夜、湯に浮かべて使ってみてくださいませ」


 彼女はティナにそれを手渡すと、気になった様子で出てきたメイドたちに、どんな商品であるかや使い方を饒舌に説いてから、帰っていった。

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