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19話 四章 夫はゆったりとした休日を希望(2)

 客間に案内されていたのは、先日アランと共に顔を出したエディーと、見知らぬ一人の大きな中年紳士だった。


 本日は休みのためか、エディーは質のいい外出衣装の私服姿で、膝の上には上質な色合いの紳士帽を置いている。そんな彼の隣に腰かけている中年男性は、厚地のブラックコートに身を包んでおり、紳士のイメージが強い貴族らしい服装をしていた。


 襟元には家紋が入った金のバッジ、ネクタイの代わりにたっぷりの生地のスカーフ。そのままパーティーにでも行けそうな上品な黒のハットをかぶっており、ソファのそばには金色の頭を持った杖が置かれていた。宵が明けるような薄い色の瞳は、どこか好奇心の強い若々しい煌めきを宿しつつも優しさに溢れている。


「やぁ、アラン。元気そうで何よりだ」


 アランがティナを伴って入室すると、中年紳士が大きな手でハットの鍔をつまんで少し上げてから、そう言ってにっこりと笑った。ティナは客人の、しっかり鍛えられた太い首と肩に、つい目を向けてしまう。


 挨拶をされたアランは、片手で顔を押さえて「エディー」と力なく呼んだ。


「お前は、なんでよりによってこの人を連れて来るんだ……」

「レオン教官は、結婚歴約二十年の大先輩で、新婚夫婦の強い味方じゃないっすか。今は現場を離れてるけど、指揮官として軍部に籍は置いたままだし」


 そうさらりと答えたエディーに対して、アランは「人選を間違えている」と口の中で呟いた。

 どうやら軍関係で世話になっている人であるらしい。それでいて、生粋の貴族なのだろう。ティナがそう考えていると、エディーが『レオン教官』と口にしたその男性が、手で向かいのソファへ着席を促しながらこう言った。


「せっかくこうして会えたのだ。さっそく、お前の愛らしい妻を紹介してくれ。同じ故郷の幼馴染なのだろう?」


 アランは、諦め気味に「そうですね」と答えた。エスコートされてティナが彼と共にソファに腰かけると、メイドをまとめているメアリーと、彼女よりも若いミシェルが二人の前に紅茶を置いた。


 メイドたちが出ていったところで、アランが妻であるティナを紹介した。彼女が続いて「妻のティナです」と答えると、中年紳士が再びにっこりと笑った。


「ようやく紹介されて嬉しいよ。私はオーヴェン子爵。レオン・オーヴェンだ。中央第三部隊軍を統括している」


 とはいえ若い頃に比べると、ここ数年は領地経営の方の時間が多くなっているかな、とレオンは口にした。


 昔から子供の世話が好きで、教育に力を注ぎたいという気持ちで教官職も務めていたという。軍人としての時間が短くなってからは、病気の子供や孤児施設への慈善活動に力を入れているらしい。


「妻の父が医療博士でね。彼女は、小児のリハビリボランティア会にも所属している。一昨年、長男に続いて次男まで留学に出てしまってからは、特に積極的に活動しているよ」


 慈善活動については、互いに場所が違っていて別行動だ。それを彼らは認め合って、互いの活動に関しては口を出さない事を決めているのだという。本日も午後の早い時間までは、それぞれで過ごす事になっているらしい。


 ティナは、その話を新鮮な気持ちで聞いていた。そういう夫婦の形もあるのかと、共にいる時間が少ないオーヴェン子爵夫妻の生活に聞き入った。


 レオンの妻であるオーヴェン夫人は、勤勉家のうえ活動的な人でもあるようだ。結婚後に資格まで取り、今は学会にも籍を置いて平日も忙しくしているらしい。彼らは、それぞれの分野での社交にも力を入れているので、夕飯を共にしない事もあるのだとか。


「寂しくはないんですか?」

「結婚前から、一緒にいる時間の長さよりも、共にいる時どれほど濃く過ごしているかを、僕らは大事にしているからね。互いが知らないことなんてないというくらい、一番に話しているよ」


 そう言った彼の笑顔からは、自分たちほど仲睦ましい夫婦も他にはいないというくらいの自信と、そしてとても幸福である様子が伝わってきた。


 ティナは、親切丁寧に答えてくれたレオンからテーブルに視線を移すと、思案げに「一緒にいる時間を大切にする……」と口の中で反芻した。


 幼い頃を思い返してみると、アランと過ごす時間だけは、いつだってどれも暖かくて大切なものだったと分かる。もっと一緒にいて、と涙目でお願いされるのもしょっちゅうあったけれど、面倒だとか嫌だと感じたことはなかった。


 結婚してから過ごしている、何気ない時間も全部そうだ。


 だから、どうしたら『ちゃんとした夫婦』というものになれるのだろう、と考えながら、ゆっくり一歩ずつの手探り状態で進んでいる今の夫婦生活だって、自分にとっては正解なのだろうとも思える。


「なるほどね。奥さんは素直というか、見守りたくなりたくなるくらい真面目だねぇ」


 考えるティナの様子を見ていたエディーが、楽しげに言って紅茶を口にした。ふと視線を上げて、自分の上司へ目を向ける。


「つか、隊長ってかなりべったりだし、ウザがられるんじゃないかなって俺思うんすけど。奥さんがそう感じることって、ないんすかね? 隊長、どう思います?」

「!?」


 実際に言われたことはないのかと続けて尋ねられたアランは、勢いよく振り返って、自分の隣でのんびり思案しているティナの横顔を見た。ティナは考えに耽っていたから、そのやりとりや視線にすら気付いていなかった。


 声も出ない様子のアランを見て、レオンが苦笑を浮かべた。やれやれと吐息をこぼすと、彼女にこう言葉をかけた。


「私が言うのもなんだが、そういう夫婦というのもあまり多くはない。特に、君たちの場合は新婚でもあるから、共に過ごせる時間を無理に減らす必要はないからね?」


 だからそういう行動を起こすことを考えたりしないように、と確認するように問い掛けられた。ティナは、特にそういったことは考えていなかったので、きょとんとして小首を傾げてしまう。


「一緒にいられる時間が好きなので、私はしないと思います。だってアランとは、昔からずっと一緒でしたから、そばにいると私が安心するんです」


 昔から今日までを思い返していたティナは、感じたままに答えた。振り返ってみれば、自分こそ彼が一緒にいてくれるのを望んでいて、隣にいてくれる時間を嬉しく感じていたのだ。


 レオンがふっと微笑をこぼして、「そうか」と言って瞳を細めた。何も心配することなどなかったね、と穏やかな呟きながら、手元のティーカップを手に取る。


 ほんのり頬を染めたアランが、自分を落ち着けるように紅茶を口に運ぶ。それを見たエディーが、乾いた笑みを浮かべて「隊長が恋する純情少年に見えるとか、超ウケる」と、棒読みで感想を述べた。


 レオンはティーカップをテーブルに戻すと、新婚夫婦を微笑ましそうに目に留めた。慈愛溢れる瞳を向けたまま、ゆっくりと首を傾げて口を開く。


「上手くいっているようで良かった。子供も出来た?」


 唐突に話題を振られたティナは、子供……と口の中で反芻した。

 つまりアランとの子が腹に宿っているのか問われているのだと気付いて、かぁっと赤面した。ゆっくり夫婦になっていこうと決意した時には、そこまで想像していなかったと遅れて気付かされた。


 アランが「ごほっ」と咽て、それから慌てて「レオン教官!」と言った。


「おや、まだなのかい? 結婚してそろそろ一ヶ月になるだろう。アランのことだから、てっきりもう彼女を身ごもらせ――」

「まだですッ!」

「ははは、何を恥ずかしがっているんだい、アラン? そうか、それは残念だ」


 子供が好きなレオンは、身を乗り出す勢いで話を遮ったアランを不思議そうに見つめいた。ふと、自分が結婚した当時を振り返るように一度視線をそらすと、思い至ったような顔をしてティナを呼んだ。


「君、もしかしてアランは、そんなに下手なのかい?」


 それを聞いたアランは「下手って」と口にしたところで、羞恥が限界を越えて、茹で上がったような真っ赤な顔でぷるぷると震えた。エディーが「ぶはっ」と笑う呼気をもらした自分の口を、素早く手で押さえる。


 ティナは、レオンが何を言っているのか分からなかった。夫婦としての生活で困らされていることがあるのか、と心配されているのだろうか? そうであれば、誤解はしっかり解いておかなければならないだろう。


「あの、アランはいつでも、優しい、です……」


 赤面したまま、どうにかごにょごにょとそう口にした。まだ子供の件が頭には浮かんでいて、つい考えさせられた恥ずかしさが残っていた。


 それを見たレオンは、嘘でないらしいと察して「おやまぁ」と眉を引き上げる。


「なんとも初心な奥さんだねぇ。ははははは、実に微笑ましい」

「くッ、そろそろ帰って頂けないでしょうかレオン教官」


 アランは、込み上げた文句を押し留めるようにそう告げた。太腿に置かれた拳は、固く握りしめられている。


 すると、レオンが朗らかな表情でこう続けた。


「実はエディーに良い提案をされてね。せっかくの休日だ。私が慈善活動をしている、孤児院の子供たちのところに一緒にどうだろうかと、君たち新婚夫婦を誘おうと思ってね」


 そこで彼は、ティナを真っ直ぐ見つめた。


「クッキーの差し入れをして、本の読み聞かせをしたりするのだけれど、君はそういったことは大丈夫かな?」

「村でも子供たちの世話を見ていましたから、平気ですよ」

「それを聞いて安心したよ、君はきっといい母親になれるね。さぁ、それなら、さっそく出発しようか」


 レオンはにっこり笑うと、了承は得たと言わんばかりに立ち上がり、そばに置いてあった杖を手に取った。


 予定のなかった休日に、唐突な外出予定が立ってしまった。それを察したアランは、片手で顔を押さえると「……エディー、後で殺す」と低い声で呟いた。

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