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16話 三章 ~事件翌日、アラン・クライヴについて~

「犯人に関しては、見付け次第、四分の三殺しにして吊るし上げる」


 部下たちは、書斎机にいる隊長のアラン・クライヴを前に揃って沈黙した。そう語った上司の美麗な顔には、凍えるような表情が張り付いている。


 アランが彼らを唐突に呼び出して、『留守を頼もうと思っている』と切り出したのは、数分前のことである。正午休憩は終わったばかりで、王宮には平和な空気が漂っていた。



 急きょ集まれた部下たちが聞かされたのは、昨日起こった銀行強盗事件だった。犯人グループは、あっという間に銀行の金庫を破って、白昼堂々馬車で逃走した。そのうえで追った警備隊の目をくぐり抜けて、人間だけが忽然と姿を消してしまったと騒がれている。


 見事としか言えない鮮やかな犯行だった。時間をかけない無駄のなさと、土地勘があるような逃走ルートから、かなり前から用意周到に計画が練られていたのではないかと推測され、かなりの頭脳犯が関わっている説も浮上していた。


 警備隊と軍の見事な連携により、王都周囲には検問が張られるなど、事件発生からそんなに時間も置かず完全包囲網が敷かれていた。まだ犯人は王都内に身を潜めており、潜伏先の特定が急がれているところである。


 何せ、真昼間にこれだけ堂々と、派手な犯行を成功させたのだ。前もって計画を練ったうえだとすると、元々包囲網が敷かれることを前提に、身を潜める場所を用意していた可能性もあった。

 だから王都から脱出ような動きに出られる前にと、王宮の外では慌ただしい動きが続いている。



 先程、副隊長のエディーに「ふふふ、俺は『代わりに残って動かなきゃいけねぇこと』があるから、お前ら頼んだぜ!」と非常に楽しそうな笑顔で告げられた時は、一体なんだろうかと思っていた――が。


 呼び出しを受けて集まってみたら、コレだった。


 最悪である、生きた心地がしない。


 集まった男たちは、アランから一通り話を聞いた今になって、ようやく理解に至った。つまりエディーは、こうなることを知っていて『隊長』が王宮から一時的に抜ける穴を、自ら埋めに行ったわけである。


 面倒事を全部丸っと押しつけて、副隊長の彼はまんまと逃げたという、いつものパターンだった。


 彼らは、騒動を面白おかしく楽しむ、愉快犯な副隊長エディーを思った。最強隊長と迷惑副隊長の組み合わせ、マジでどうにかなんねぇかなと考えたところで、一人の近衛騎士が勇気を振り絞って、今空いているメンバーが集められた執務室の重い沈黙を破った。


「…………あの、隊長? 銀行が襲撃された事件に関しては、警備隊の管轄では」

「協力すると申し出て、既に許可を取ってある」


 尋ねたその部下は、思わず「仕事がめちゃくちゃ早いな」と口の中にこぼしてしまった。

 要請から受理までは必要書類と手順もあり、手紙だと余計に時間もかかる。なので恐らくは、警備隊の本部に直接足を運んだのだろうとは推測できるが――部下たちは、こう同じ疑問を心の中で唱えずにはいられない。


 この人、午前中の過密スケジュールのどこで、そっちに顔を出した?


 アランが捜すといったら、本当に捜せてしまえるだろう。犯人グループについては、完璧に追手を撒いていて、隠れている場所の特定もかなり難しいだろうとされているが、この隊長ならたった一人でも見付け出してしまうだろうことを、部下たちは強く予感してもいた。 


 何せ、アラン・クライヴは、バカに頭が切れるのである。


 その実力は、いっそ探偵にでもなればいいんじゃないか、と上官が冗談で口にしていたほどだ。例の大討伐作戦が行われた際、魔物の大群をたったの半年で殲滅出来たのも、彼が地形とこちらの勢力を上手く利用した戦略を立てたからだった。


 その理由は、ティナに会いたくてたまらなかったから。たったそれだけの動機で、この隊長は自分の行動を邪魔する魔物を、最短期間で殲滅することにしたのだ。


 実に恐ろしい男である。なんでこんな人間が近衛騎士隊長よりも上のクラスに収まっていないんだろうな、と王宮に所属する軍の誰もが思っていた。答えは至極簡単で、国の本部隊である軍部機関だと出張も多く、定時に帰れないうえ休日の緊急出勤もあるからだった。


 というか、騎士学校でトップ成績、実技でも最高得点叩き出したとか、人間か?


 いや、そうじゃねぇ、と部下たちは目の前の問題に思考を戻した。


 アランはこの話を切り出した際、『留守を頼もうと思っている』と言ったのだ。つまりは、個人的な協力要請を出したので一人でちょっと外出してくると告げているのである。

 この人だけ行かせたら、確実に問答無用で全員とっ捕まえてボコボコにしたうえ、吊るし上げて警備隊の牢屋ではなくて、そのまま川に投げ捨てそう……。


 そう、部下たちは揃って同じ予感を覚えていた。


 アランの出身村の想い人であり、現在『妻』となった女性への溺愛っぷりについては、結婚前から知られていた。ようやく一旦村に顔を出せるとなった日に賊が出た時なんて、殺気が凄かった。


 人間、怒りが頂点に達すると、表情が抜け落ちるんだなと痛感した。おかげで王都の治安についても、たびたび彼によって守られている。

 

 部下たちはそれについても思い返すと、今にも死にそうな顔に、ぎこちない愛想笑いを浮かべた。

 目の前にいるアランが微塵にも表情を作ってくれないのが、非常に怖い。胃がギリギリする。頼むから、エディー副隊長戻って来て欲しい。

 

「定時までには戻る」


 不意に、アランがそう言って腰を上げた。


 捜し出した犯人たちを、そのまま川に投げ捨てられたら大変である。彼のことだから、絶対に解けないようガッチリと縛り上げて泳げなくしたうえで、やる。そうなったら相手の男たちは、マジで死ぬ。


「はいはいッ、俺らも同行します! いや同行させてください!」


 最悪な結末を想像した彼らは、一斉に挙手すると、慕う部下の如く必死にそう告げたのだった。


             ※※※


 警備隊の執務室にて、トップを任されている三十代のエミリオ・ニコルは、書斎机の上で組んだ手を口許にあて、ただひたすらじっと動かないでいた。


 兄弟とは思えない、あの歳の離れた弟のエディーが大変嫌である。

 そもそも、エディーが常々「面白いから」と自慢してくるその職場と、所属部隊の話を聞くたび、あの弟とは絶対に馬が合わないとも感じていた。


 目の前に置かれているのは、協力要請を受諾した証明書だった。そして、彼の座る長椅子の後ろの、ちょうど横面の位置の壁には、剣で貫かれた穴があった。


「くッ、またアラン・クライブかよ……!」


 実に頭が痛い。出来れば、この書類を見なかった事にしたい――が、奴がすぐに動き出すのは目に見えている。


 エミリオが知る限り、アラン・クライヴは容赦なく突入して、全部切り伏せるタイプの騎士だった。お前本当に王宮の品ある近衛騎士の人間なのかよ、と言いたいくらいに、冷徹極まりない仕事っぷりを発揮する優秀すぎる男だ。軍犬以上に鼻が利き、たちどころに犯人の居場所を割り出してしまう天才でもある。


 あいつには異能でも備わっているのだろうか。


 もしくは軍師も頭が上がらない推理力や戦略学は、特殊能力の一部ではないのか、とエミリオは最近本気で思いかけてもいる。


 破壊された出入り口から、とんでもねぇな、という表情で部下たちが覗きこんでいた。先程アラン・クライヴが「俺の妻に、怪我をさせるところだったらしいじゃないか」と、美麗な笑顔で扉を細切れにして吹き飛ばした光景が、脳裏に何度もフラッシュバックしている。

 その中の若い一人が、上司であるエミリオを気遣うようにこう言った。


「あの、きっと大丈夫ですよ。協力要請は本日のみ有効のもので、犯人の居場所だってまだ特定されていな――」

「いや、奴ならやる」


 エミリオは、彼の言葉を遮ってガバリと立ち上がった。


 アランがまだ騎士学校時代の、幼馴染の女性に片想いをしていた頃から散々な目に遭ってきたのだ。ましてや、今は『妻』である。そう考えると、容易に想像されるのは最悪な結末の光景だった


「動ける班を今すぐ全員出動させろ。アラン・クライヴのことだから、逮捕する前に犯人を一人残らずボコボコにしたうえ、精神攻撃で戦意を根元から折って、それを更に粉々に砕いたうえで、重り付きで縛り上げて川に捨てるに違いない」


 迷いもなくそう断言した上司を見て、室内は一瞬、嫌な沈黙に包まれた。


 部下の一人が、「それ、確実に死ぬやつじゃ……?」と怖々と口にした。共にいた同僚たちが、同意するかのように頷いて「一番敵に回したくないタイプだ」と呟いた。

 その直後、彼らは犯人を確保するため猛然と動き出していた。

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