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スーパー・バトル!

作者: シャーピュー


「……倒した……22点」


右方向がお留守になっていた22点獲得者とすれ違いながら、彼は次の獲物を探す。


「こいつ……それでもこの場に来る資格があるのか?5点だ」


そのあまりの貧相なカゴの中身に落胆しながら、彼は5点の首を落とした。


「ムッ、強敵……だが」


「気になってしまうか……気持ちは分かるがな」


「致命的な隙だ……俺は見逃さない」


惜しくも牛乳の賞味期限を売り場の奥まで覗き込んだその男には60点が与えられた。


「全国のスーパーマーケットを彷徨い、早3年……」


彼は咥えていたウィンナーの試食用爪楊枝をふかした。


「そろそろ知りたいものだな、値引きシールを貼るタイミングと……」


プッ、と吐き出した爪楊枝はオレンジの試食コーナーのゴミ箱へ吸い込まれていった。


「敗北を」



スーパー(マーケット)・バトル。買い物客が商品を選んだり手に取ったりする際の動きを凝視し、脳内で制圧することを目的とした競技である。2018年現在、およそ1人ほどの競技人口が確認されている。


彼がスーパー・バトルに興じるようになったのは4年前だった。親の仇を倒すためでも、病没した親友の遺志を果たすためでもない。人は戦いなくして生きてはいけないのだ。ただそれだけだ。決してヒマだったわけではない。


余談ではあるが、カギかっこは必ずしも実際の発言だけを表現しないとする説がある。


22点は1075円の、5点は168円、60点は952円の清算を済ませていた。


「一度でいい。ただ燃え上がるようなバトルがしたい」


「その後には何も残らない……ただし立っているのは俺だ」


彼の夢はこの故郷のスーパーマーケットで叶った。複雑な諸問題のために店舗の名前は伏せておく。


どこかで電子の犬の鳴き声が吠える中、その男は来店した。マイバッグをお持ちだった。


「…………!!」


彼は初めてバトル前に点数をつけた。


「100点……!」


彼は執拗に100点男の後をつけた。果物コーナーで、野菜コーナーで、飲み物コーナーで隙を窺った。しかし100点男の隙は見つけられなかった。


「何てヤツだ……!!」


極めんとする道で強敵に巡り会うことは、性癖の合う彼女を見つけることよりも難しいという。4年の歳月と、多めに貰っている奨学金がこの奇跡の出会いを叶えたのだった。


「……ここまでのヤツのカゴの中身は……」


敵を知り己を知れば百戦してあやうからず。某大学の文学部に入学して4年をスーパー・バトルに費やした彼には、意味や正しい漢字は分からなかったが、強敵のことは知りたくなる。街で美人を見たらしばらく尾け回したくなる気持ちを分からない人類はいない。


「イチゴ牛乳、アスパラガス、リンゴが一つか……」


この100点男は、仕事に疲れ過ぎて目に入った好きなものを脊髄反射でカゴに入れてしまうOLのような買い物をしていた。奇妙ではあるが、その全ての所作の美しさがそれを芸術にしていた。


「あの買い方は何日か分の食料確保を目的としていない……となれば今日の分だけを買うはずだ」


文学部在籍の彼は初めてそれらしいことをした。芸術作品の解釈である。


「イチゴ牛乳は恐らく食後のデザート感覚だろう……リンゴは朝食か?となれば今夜の主菜はアスパラガスを使った料理になるはず……!」


芸術作品の解釈は多分に主観を含むものである。解釈とは事実を暴力的に征服することである。


「アスパラガスといえば豚肉巻きだ……それを証拠に今日は豚バラ肉の特売日だ!間違いない!」


少しの客観的事実を根拠として用いれば学説の誕生である。彼の卒論は仕上がった。


「俺は貴様を精肉コーナーで待つ……肉の賞味期限!グラム数!脂のサシ具合!あの膨大な情報量の中で……必ず貴様は隙を見せるだろうッ!」


こうして彼は精肉コーナーにヤマを張り100点男を待ち構えた。それを追いかける者がもう一人いたが、自分の学説と性癖の合う彼女に夢中になっている彼が気づくはずもなかった。



精肉コーナー。鶏のムネ肉が100gあたり58円。ごま油と塩に漬け込んで軽く焼き目をつける。これをレンジで1分半ほどチンする。今宵の勝利の美酒に添える肉をカゴに入れ、彼は100点男を待ち構えた。


100点男が精肉コーナーに入った。彼は豚バラ肉で立ち止まると必ず死角になる位置に息を潜めていた。彼の死角には彼を見る女がいたが、彼は気づかない。


「さあ来い……お前の墓前には豚肉のアスパラ巻きを供えてやる」


これを嘲笑うかのように、100点男は焼肉のタレを一瞬のうちにカゴへ放り込んだ。


「何ィィィィィッ!?」


余談ではあるが、カギかっこは主に発声を伴う発言を表現するのに用いられる。


彼は周りの目をごまかすために鶏ムネ肉の安さに驚くフリをしながら、もう1パック多く鶏肉を買うハメになった。


すると100点男は何かを決めたのか、迷いなくレジの方向へ歩いていった。


「クソ……ッ!もう帰るのか!?意味不明な買い物しやがって!」


芸術家はいつもそうだ。こちらの繊細で綿密な論理をいとも簡単に無視し、予想外のものを放り投げる。


「いやだ……!敗北なんて知りたくない!!」


そして鑑賞者の心の奥を曝け出させるのだ。


少し慌て気味に100点男を追う彼。その後ろを、やはり一人の女が尾行していた。



セルフレジ。機械化の象徴。レジ打ちなどは、もはや人間様の仕事ではなかった。あんなものは所詮は作業であり仕事などではない。人間はもっともっと高尚な仕事をしなければならない。そんな時代がもうそこまで来ているのだ。


「見つけたぞ!間に合った……!」


例えば彼のような仕事だ。スーパーマーケットで最強を目指す仕事。なんと高尚なのだろうか。


「あっ……マイバッグ忘れちゃった」


しかしそんな時代はまだ来てはいないので、彼が機械で購入したレジ袋を人間様の店員が慌てて届けに来た。「ホント!もうそこまで来てるんやってぇ」と言う人は決まって5kmは遠くにいる。


「あ、スンマセンッ……ハッ!ヤツは……いない!?どこだ!?」


この高尚な仕事が中断された一瞬のうちに、100点男はセルフレジを後にしていた。


「858円……!ああもう!こんな時に限って万札しかない!」


こんな時人間様だとお札をもったいぶって3回ほど数えて確認するが、機械は圧倒的に速かった。機械化万歳!と心で唱えながら、彼は100点男の背中を追いかけた。それはもうカゴの網目ほどに小さくなっていた。彼を尾行していた女は首を傾げながら、もう彼を追わなかった。



ドア。境界線。ゴールテープ。とにかく彼のバトルはここを超えたら終わるのだ。


「待てッ!待ってくれ!」


彼はすんでのところで100点男を呼び止めた。100点男は振り返らずに立ち止まった。


「あんたみたいな人は初めてだ……!」


彼はこの高尚な仕事を理解してもらえると思い込んでいたのか、ただ動転しておかしくなっていたのか、100点男に息を切らして話しかけた。


「分かってる……!俺の負けだ。だからその……」


弟子になるか、次は負けないか。彼はどちらも自分のレベルは足りていないことを痛感していた。この道で誰かが上を行くなどとは考えたこともなかった。悔しさからか、負け惜しみを見つけるためなのか、彼のたった一つの質問が決まった。


「何を買ったのかだけ、見せてくれないか」


敗因が知りたかった。自分を負かした商品を知りたかった。いちごミルク漬けアスパラガスの焼肉のタレ炒めリンゴ添えが美味しいかもしれなかった。とにかく、彼の質問はこれだった。


すると100点男は、初めてその余裕たっぷりな態度を崩した。



100点男の額に汗が滲み、驚きと卑屈な覚悟を帯びた目が彼を捉えていた。周りの客もこの表情に驚いただろうが、最も驚いたのは彼だった。


100点男のマイバッグの中身が少し見えた。アスパラガスとイチゴ牛乳と焼肉のタレ、リンゴが一つがあった。それだけがあった。100点男のポケットは、どれも膨らんでいなかった。かといって、裸でお金を持ち歩く主義というわけでもなさそうだった。


「……何故分かったんだ」


彼は100点男の点数を変えなければならなかった。


「全国でやってきたけどお前が初めてだよ」


こいつは100点などではない。


「俺の万引きに気づいた奴はな……」


スーパーマーケットにいてはならないゴミ虫だ。


「貴様……ッ!!このクズ野郎……!」


彼はそう言うとこのクズ野郎を0点にした。



クズ野郎の過去の手口は以下の通りである。クズ野郎は堂々とセルフレジへ向かい、お会計のフリをする。誰かが必ず店員を呼び出すのでこの隙に立ち去る。店を出ようとする。警報機が鳴ると周りの客同様立ち止まって動揺してみせる。そして歩いて店を出るのだ。


「何故だ……!何故あんな動きが出来る奴が……!そんなことを……!」


彼はあの芸術がドブのような故郷を持つことが信じられなかった。しかし盗みやすいものをカゴに入れていたとしたら、あの意味不明なチョイスの辻褄が合った。


「あ?何言ってっか分かんねーけどよ」


ドブ出身のクズ野郎はジャケットの内ポケットに手を入れると、周りを凍りつかせた。


「俺もお前も終わりだよ。なあ?」



ナイフ。リンゴを剥くためのもの。仮に人間を刺したら血が出ようとも、ナイフはリンゴを剥くためのものである。


クズ野郎は堂々と喋った。


「思ってたんだよ。バレたらやめようってなァ」


ナイフはリンゴを剥くためのものである。


「そしたら俺のクソみてえな人生も終わりだよ。けど俺を終わらせたヤツも終わりにしてえじゃんかよォ」


ナイフはリンゴを剥くためのものである。


「俺はそういうシステムなんだよ。社会すごろくで、二つのコマを無くす……的な?」


「よかったなお前?明日の朝ぐらいまでは英雄になれるぜ」


もはやナイフはリンゴを剥くためのものではなかった。とうとう彼にもそれが理解できた。


「……信じてたのに……!」


「あァ?」


「見損なったぞ!お前がそんなことするなんて!!」


「何だコイツ?頭トんでんな」


「うおおお!!許さん!!絶ッ対に許さん!!」


彼は激怒した。あの流れるような動きは犯罪によって培われたものであり、あの威風堂々たる振る舞いはナイフなどという姑息な保険の上に育ったのだった。


「許されたいヤツがこんなことするワケねーだろ?死ねや!」


クズ野郎はナイフを構えて突進した。


クズ野郎は万引きの動作に関しては芸術的だった。しかし、クズ野郎の万引きと彼の高尚な仕事には決定的な差があった。


「……遅いな……何という隙だらけな突進だ」


万引きは商品を得れば終わりだが、高尚な仕事は相手を、脳内でとはいえ、制圧することを目的とする。


「貴様は……」


彼の4年間は、無駄になるわけがなかった。素早いストレートがクズ野郎のアゴを完璧に捉えた。


「0点だッ!!」


倒れ伏し、ナイフを落とし気を失うクズ野郎。彼の高尚な仕事は完了した。



私服警官。スーパーマーケットにおいてはGメンとも呼ばれる存在。彼女は店の出口付近での騒ぎに駆けつけていた。しかし目の前で、一人の男がナイフを持った万引き犯を制圧する場面を見るだけだった。


「え!?あんたが!?あ、いや!ケガは無いですか!?」


この道4年目の彼女の“現場の勘”によってマークしていた男は万引き犯ではなく、それを制圧していたのだから彼女がうろたえるのも無理はなかった。


「虚しい……!」


この男はナイフで襲われて気が動転したのか、変なことしか話さなかった。


あれは芸術だった、ようやく会えたと思った、この世に強敵はいないのか、等々。


彼女には何が何やら分からなかったが、あの制圧の瞬間の動きのキレが脳裏に焼き付いていることは確かだった。そしてその動きの主が、目の前で男泣きをしていた。彼女の好みにド真ん中だった。


「ごめんなさいね、私は正直あんたを疑ってたわ……あまりに動きが怪しかったから」


「……周りからはそう見えてるんですね」


彼は私服警官にドーナツとコーヒーを奢ってもらいながら、自分の高尚な仕事について説明していた。


「でも凄かったなぁ、あの動き」


彼女はその光景をドーナツの穴の向こうに覗き込んでいた。


「もうこの道は諦めます。きっともう出会えない」


彼は自分の未来をドーナツの穴の向こうに覗き込んでみた。


「ねぇ!万引きGメンにならない?絶対天職じゃん!」


ドーナツの中には彼がいた。


「Gメン……?そうか、確かに!」


ドーナツの中には彼女がいた。


「ね!それがいいよ!私から署長に話してみる!」


彼女は身を乗り出して目を輝かせた。


「えぇ?でもそんなので採用されるもんなんですか?」


彼は足フェチだった。


「大・丈・夫!」


彼女はうなじフェチだった。


「署長は私の旦那だから!」


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