その日
シリアス100%、大変心にはよろしくない描写も含まれますのでご注意ください。
その日に起こった出来事は、この世界にとってみたらとても小さな出来事だ。普段通りの日常であって、どこにでも起こりうる日常、その一つに過ぎないのだった。
双子が初めて<獣化>を教わったその夜。誰かが近づいて聞くる音に気付いた双子の両親が先に目を覚ました。
気配は真っ直ぐとこちらに向かってくるようだったので、寝ぼける双子を起こして、部屋の隅に行くように指示する。
「りょうかいで――むぐぅ」
今声を上げるわけにもいかないので、母親は喋りだしたリリの口をふさいで、隅に移動する。
その間に、父親はドアの横の壁に張り付いて待ち伏せた。
「大変だ!」
すぐに、一人の男が大声をあげながら無遠慮にドアを開け放った。
「なんだ、村長んとこの長男か。どうした?」
「村に盗賊がやって来たんだ!」
「何!?」
「今は父さんが金目の物を渡すからとか言って、なんとか時間を稼いでる。村の中で盗賊とまともに戦えるのは狩りをしてるお前たちだけだ。頼む、盗賊を倒してくれ」
「分かった」
父親は即決で了承した。そして、母親へ目配せすると彼女は黙って頷き双子に声をかけた。
「リリ、トト。二人はここで待ってなさい」
「え、でも」
「心配しないで、トト。お父さんもお母さんも、強いのは知ってるでしょ」
「そうなの。とっておきがあるおとーさんたちが負けるわけないの」
リリの言葉に、母親は苦笑いしているが。
「違うんだ。ただ、何となく嫌な予感がして……」
そう言って、トトはより一層複雑そうな表情をする。
「――大丈夫よ、安心して。必ず戻ってくるから」
母親はトトを抱きめて言った。
「……うん」
トトも母親をぎゅっと抱き返す。
「――いくぞ」
父親が声をかけると、母親はトトを離して頷き、外に向かって歩き出した。
「いってらっしゃいなの」
リリは、村長の息子とともに村へ向かって駆け出す両親に向かって手を振る。
「トトはいいの?」
「……いや、うん。大丈夫だよ」
トトの言葉は自分を納得させるかのようだった。
「トトは何がそんなに心配なの? 盗賊は悪い奴らだけど、そんなに強くないって相場が決まってるの」
「盗賊って、この前マーシーに聞いた泥棒の集団だよね? なら、お金になるものだけ渡せば危険を冒してまで倒そうとしなくていいんじゃないかな?」
「盗賊もピンキリだから、そんなこと分からないの。先に何とかしたほうがいいに決まってるの。もしかしたら、初めから全員殺す気でやって来てるかもしれないし、そうなったら、村の人みんな殺されちゃうの。トトはマーシーが殺されてもいいの?」
「良いわけないよ。でも……」
リリは溜息を吐く。
「おとーさんなら大丈夫なの。この前だっておっきい熊さんを追い返してたの。その時も<獣化>してなかったんだから、<獣化>しちゃえば盗賊相手なんてどうってことないの」
「分かったよリリ。そんなに怒らないで。きっと僕の気のせいだよ」
「そうなの。トトは寝ぼけてるだけなの」
「そうだよね」
暗い室内でも、二人はある程度夜目が利く。静寂の中でほとんど何もない室内を視界に入れながら、二人は寄り添ってただじっとしていた。
それから暫くして、男の悲鳴が聞こえてきた。そして、それを皮切りに幾つもの怒号と悲鳴が聞こえてくる。
しかし、それらが少し収まったかと思うと、今度は女声の悲鳴や物の壊れる激しい音ばかりが聞こえてくるようになる。
そこで、トトは何かに気が付いたように青い顔をする。
「ねぇ、リリ。もしかして――」
「――言わないで! 言わないで欲しいの!」
リリの剣幕に押され、一度トトは何も言えなくなる。
だが、トトは少し考えて再び声を出す。
「リリ、逃げよう」
「……なんで? おかーさんに待っててって言われたの。だから――」
「ダメだリリ! 僕にはもうお父さんたちが帰ってくるような気がしない。どう考えても、盗賊が村の皆を殺して回ってる。僕らの家は村の外れにあるから、今はまだ気づかれてないけどいずれここにも盗賊がやってくる。そうなったらおしまいだ。だからリリ。今しかないんだよ」
話の途中でリリは泣き出していた。それでも、何とか嗚咽をこらえてリリは言った。
「ううっ、トトは、それでいいの? ドアを開けなければ、まだ、生きてる可能性も、残ってるの」
「なら僕が外の様子を見るよ。リリは僕の後についてきてくれればいい」
リリは黙って頷いた。
トトがそっとドアを開けて外を見渡すと、村の中にたいまつと思しき光がいくつも見えていて、それらが忙しなく動いている。
その灯りに照らされて、地面の上に何人もの人間が転がっているのが見える。
――トトは確信した。
「リリ、行くよ」
俯くリリにトトは手を差し伸ばす。
「……うん」
リリはごしごしと目をこすって涙を拭くと、トトの手を取った。
「一先ず、村と反対の森の奥に逃げるよ」
「分かったの」
二人は家の裏に回り込むと、村を背にして暗い森の奥へと消えていった。
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「お頭ァ! あっちにも小屋がありまっせ!」
「あ゛ぁ? おめぇが見て来い!」
「りょうかい!」
盗賊の頭は村はずれにポツンとある小屋を見つめる。
「どうせ狩人の物置だ。大したものはあるまい」
そう呟くと、地面に転がっている獣人の死体に目を移す。
「あの、腐れ村長め! 金目のもの差し出すって言うから探す手間省けるかと思ったが、こんな隠し玉をもってやがったなんて。おかげで仲間も半分は殺されちまったじゃねぇか」
そう言って、死体を蹴飛ばす。
「チッ。どっちみち足が付かねぇように皆殺しにするつもりだったけどな。今は、口減らしが出来たと喜んでおくか」
「お頭ァ! 女の用意が出来やした!」
「よしお前ら! 大方盗み終わったら今日はパーティだ! 死んだ奴の分もだ!」
「「「おう!」」」
そう言って、お頭は元々村長の物だった家に入って行った。
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暗い森の中を二つの影が動く。
「何もない。遅かったみたい……」
「だが、捕まってはいなかった」
二人の言葉は途切れたが、辺りが静まることは無い。遠くから聞こえる悲鳴が原因だ。
「もう少しこの辺りを探してみよう。見つからなければまだ安心できる」
「そうね」
そうして、二つの影は再び闇の中に消えた。