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フードの男


 静けさに包まれた冬の田舎道をシャカシャカと音を立てて、小さな灯りが一直線に走っていた。

 灯りの正体は銀色の通学用自転車のライト。その上には籠に入った大きめのリュックといわゆる「立ち漕ぎ」の状態でせわしなく足を動かす青年がいた。


 彼は急いでいるのではない。ただいつものように走っているだけだ。

 自転車で通学する彼にとって、通学時間は「他の何にも使う事の出来ない無駄な時間」なのである。よそ見運転をしないようにしたら、あと残るのは音楽を聴くか簡単な脳トレくらいしかできないので当然だ。

 そんな通学時間が往復30分もあれば出席日数を200日として一年で6000分、つまり100時間もの時間を無駄にしていることになる。そんな無駄を彼は許せずにいたため、一分一秒でも早く帰ろうとしているのだった。


 しかし、そんな努力も事故を起こしてしまえば無駄になる。



 ――まして、死んでしまったなら――







「いったぁあああああぁぁぁくない? あれ、痛くないぞ?」


 いつの間にか座り込んでいた彼は後頭部を抑えていた手を一度まじまじと見つめる。そしてもう一度後頭部に手を伸ばして、傷やたんこぶが無いことを確認する。


 そもそも、声が正常に出ている時点で頭に何かあったとは思えないだが、そんな事咄嗟に気づける状況ではない。


 彼は自転車で転んだことを思い出して、体のどこかに血などが付いていないか一通り確認し、ほっと息を吐く。


「安心しているところ悪いのだが、お前はもう死んでいる」


 不意に背後から低い声が聞こえてきて、彼は驚いて後ろを振り向く。

 そこには、学校内でよく見かける折り畳み式の机とパイプ椅子に座った黒いフードの体格のいい男(?)だ。


「ちょっ、マジビビったから止めて。ってか幽霊? マジ無理やめて!」


 そう言いながら青くなった顔を手で隠す彼。


「違う。私はもっと別な存在だ」


 彼は右手だけを顔から外して二三度まばたきをすると、フードの男を上から下までまじまじと見つめ、成程と言った様に手を打つと、


「ひでぶ!」


 と言いながら、まるで体が張り裂けるかのような演技をした。


「違う!! 何を思ってケンシ○ウだと考えた!!」


「あれ? ってきっり百裂拳を撃ち込まれたって設定なのかと……」


「百裂拳は実際にはほとんど使われてないってそれ常識だから」


「へー、そうなんだ。てっきり――」


「――いや、話を戻そう」


 フードの男は彼が何かを言い切る前に手で制しつつそう言い、ごほんっと咳払いをする。


「先程も言ったが、お前は死んだのだよ。周りを見渡してみよ」


 彼はフードの男に言われるがまま辺りを見回す。しかし、何も見つけることはできない。座り込んでいると思い込んでいた地面すらをも。

 その状況の異常さに気が付いた彼は顔をしかめ、悲しそうな顔をする。


「……いやー、そのね。体動くし、転んで気絶して変な夢でも見てるのかと」


「分かってもらえたようだ」


 フードの男は顔こそ見えないが、その口調は先ほどまでよりも悲しげであった。


「これは、天国か地獄どっちに行くか決める裁判ってやつですかね」


「お前らの中でよく言われる審判の門だな。あれとは全く関係のないものだ」


 その言葉を聞いた途端、彼はぱあっと笑顔になる。


「え? じゃあじゃあ、もしかしてあれっすか!? 異世界転生っすか!?」


「お、おう。そうなのだが、条件付きだ」


 フードの男は引き気味にそう言ったが、立ち上がってガッツポーズを取った彼にどこまで話が聞こえているやら。


「いよっしゃああああああ! これで来世は勝ち組! チートでハーレムでパラダイスだ!」


「話は最後まで聞いた方がいいぞ……」


 彼は奇声を上げつつも喜び続けているため、男の声は届いていない。


 フードの男は溜息を吐き、やれやれと言う様に首を振ると



 パンッパンッ!!



 と手をたたいた。


「うわっ。何急に? ビックリするじゃん」


「話は最後までしっかり聞け。さっきの話ではないが、地獄にも等しいところに転生させてやっても良いのだぞ」


 それを聞いた彼はスッと正座で座り直し、


「申し訳ございません!」


 と頭を下げる。


「それでよろしい。今からお前を異世界、もしくはもう一度同じ世界に転生させてやるのだが、それには条件がある――」


 男の話を聞きながら、彼は真剣な表情をしつつも口元には笑みが漏れていた。だが、同じ世界にと聞いて、怪訝な表情をする。


「――お前が転生先を細かく指定すればするほど生まれた先で苦労をしなくてはならないのだよ」


 彼は、顎に手を当てて考え込むようなそぶりを取ると、


「……なるほど」


 と、重々しく口にする。


「じゃあ、もし一番苦労が無いようにと言ったらどうなる?」


「うむ、そうだな。フフッ。蝶にでもなって、外敵のいない花園で優雅に過ごすとかどうだ?」


 男は笑いをこぼしながらそう言った。

 彼はその言葉を反芻するように再び考えこむ。


「……。もしかして、ヒトであることも指定しなくちゃダメなのか?」


「その通りだ。気づかなければ面白い姿に転生してやったぞ」


 男は笑って言う。


「ではよくあるチート能力を持っての転生だと?」


「言っただろうそれに見合った苦労が付きまとうのだ」


「それじゃ分からないよ。せめて苦労の程度を教えてくれないか?」


 ここで、男はわざとらしく勿体付ける。


「そうだな、軽くチートがパーになるくらいだな。パーじゃなくてグーになるかもしれないけど」


 そう言って、男はくっくっくと笑う。

 彼は男の言い回しをうざったく感じて、顔をしかめる。


「まあ苦労って言っても、結局のところ感じ方は人それぞれだ。だから思い切ってチート能力付けてみたらどうだ? 案外楽しいかもしれないぞ」


 だんだんと軽薄になってきた男のその言葉からも笑いが漏れていて、全く信用できない。


 その様子を見て、彼はこれ以上の話を聞きだすのは無理だろうと諦め、別な話題を振ることにした。


「別な条件の話だけど、同じ世界か異世界かってことはもしかしてある程度どんな世界か選べるってこと?」


 すると、フードの男は雰囲気を戻して、


「そうだ。指定するならそれ相応の苦労することになるぞ」


「転生先に関しては何に生まれるかの場合より、相応の苦労ってのが分からんな」


「日本に転生したいって言ったら、今までより苦労が多くなるのは想像に難くないだろう? ま、そういう事だ」


 彼は一度頭を捻る。


「んー?そういやさ、たとえ苦労していなくとも、俺みたいに学生のうちに死んでしまうのは運の悪いほうだとは思うんだが。その運の悪さの分だけ、プラスに働いたりしないのか?」


「これは俺の持論なんだがな。自分が死ぬってのは全てが0に帰ってくるってことだ。それをマイナスに捉えるからお前はそういう考えに至ったのかもしれんが、己が死んでしまっては何もなくなる。だから、死に優劣はつけられんよ。とは言っても、他人の死は少なからず影響するがな」


「うーん、そんなもんか……」


 彼は男の言葉に納得したようなしていないような顔をする。


「とりあえずそういうことで納得しておこう。んじゃ、5分くらい考えてみていい?」


「そうだな、待ってやろう。まだ質問があったら聞いてくれて構わないぞ」


「ああ」


 彼は男の言葉に適当に頷き返す。そして、正座を解いて胡坐をかくと顎に手を当てて考え込んだ。




 ……。


「時間だ。答えを聞こう」


「いや、三分もたってないだろ」


 彼は溜息を吐いて立ち上がり、男の方を見据える。


「決めた」


「そうかそうか」


「容姿のいいヒトに生まれ変われればいいかな」


 男は、がっかりしたように肩を落とす。


「何だ、つまらんな」


「下手に欲張って苦労はしたくないからこのくらいでいいんだよ」


 男は、呆れたように笑う。


「フッ、まぁいい。では転生させてやろう」


 そう言って男は両手を広げる。


「ここでのやり取りはすべて忘れるが、サービスとして前世の記憶を若干残した状態にしてやる。感謝しておけ」


 この言葉で彼は前世の記憶について失念していたことに気が付くが、後の祭りだ。


「ありがとよ」


 そう言い終わらないうちに彼はまばゆい光に包まれ、意識を失った。


前のシリーズはやる気がでたら更新します。

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