第三話~白い空間~
「ハッ!?」
神代は閉じていた瞼を開き、目を覚ます。どうやら気を失っていたようだ。
神代は体を起こし、辺りを見回す。
「なん、だ、ここ」
神代は目に映る景色に目を向く。
ただ、白。穢れのない、影すらも無い完璧な白。それが辺り一面に広がっていた。まるで距離感が掴めなかった。すぐそこが行き止まりになっているかもしないし、限界なんてものが存在しないかもしない。そんな距離感。
ふと、足元に目をやる。そこには目を閉じて倒れるクラスメイト達の姿があった。その中に中学時代からの友人である浅間と島崎の姿もあった。
神代は慌てて二人の元へ駆け寄り、声をかける。
「おい!勇、島崎、しっかりしろ!」
神代の声に最初に反応したのは浅間だった。
「う、うぅん・・・・・あれ、刀弥?」
気の抜けた浅間の声に神代は安堵する。
そして、神代の姿を捉えた浅間は、目を開き、神代に顔を向ける。
「刀弥、これは一体どういうことなの?」
「わからない、目を覚ましたらここにいたんだ。」
神代は今の状況を考える。そうしていると、島崎が目を覚ました。体を起こし、刀弥達の方を見る。
「神代、勇?無事だったのね!いきなり教室が光り出して・・・・あの後どうなったの?」
島崎の疑問に浅間が答える。
「周りを見てみなよ」
そう言われて、島崎は辺りを見回す。その瞬間彼女の体が固まる。
そして神代達の方に体を向けると、
「ちょっとこれどーなってんのここ何処なの何なの答えなさいよ!」
「何で俺にだけ聞くんだよ!?」
神代に対してのみに質問の猛ラッシュである。わりと慌てているようだがそこだけは通常運転の島崎であった。浅間もそんな島崎の様子を見て苦笑していた。
唯一島崎の質問攻めにあった神代は、ゲンナリと肩を落とす。
しかし、今はそんなことをしている場合ではないことを思い出し、話題をこの空間に戻す。
「ここって一体何処なんだろうな。誘拐にしては不自然だし。」
「そもそも、何いきなり教室が光ったりしたのよ?」
島崎の素朴な疑問に、神代はあの時のことを思い出した。
教室が光った時、その発光源、教室の床に描かれていたもの。それは─────
「・・・・魔方陣」
「魔方陣?」
神代の呟きが聞こえていたのか、二人は首をかしげる。
神代は教室が光りだした時に見えたものをについて話す。
「教室が光りだした時、咄嗟に床を見たんだ。そこには魔方陣が描かれてた」
「見間違えじゃないの?」
島崎の指摘に浅間も首肯く。
神代はすぐにそれを否定する。
「いや、あれは誰がどう見ても魔方陣だった。そうすればこの場所に連れてこられたことと辻褄が合うんだ」
「どういうこと?」
「辻褄が合うって、何が?」
二人の疑問に答えることを数秒躊躇う。なぜなら今から自分が言うことは、あまりにも突拍子のないことだから。
この前読んだラノベに描かれていたもの、創作物でしかないものなのだ。自分でも分かっている。しかし、これしか思い当たるものがないのだ。
神代は自分の仮説を、本来言うべきはないことを、口にする。
「つまり、これって俗に言う、『異世界転移』、ってやつじゃないか?」
神代の発言に二人は目を見開く。そして呆れたように、
「何言ってんの?妄想のし過ぎよ。馬鹿じゃないの?」
「刀弥・・・さすがに僕もないと思う」
二人の口撃に、神代は精神的にダメージを喰らう。しかし、神代はなんとか持ちこたえ、続ける。
「だけど、これしかないんじゃないか?教室の魔方陣といい、この影が存在しないかのような空間、これだけ非現実的なものがあるんだ、異世界転移とかそういうことが起きてもおかしくはないないだろ?」
神代の言葉にも一理あった。二人もその可能性を受け入れようかと考えた時、クラスメイト達は目を覚ました。
「ん?ここどこだ?」
「何ここ?家に帰してよ!」
「ふざけんな、ここから出しやがれ!!」
クラスメイト達は目の前の光景見て、当然の如くパニックとなった。疑問、恐怖、苛立ちなどの感情が渦巻く。
そうこうしていると、神代達の頭上が光りだした。光が治まると、二対の白く美しい翼を生やした十歳ほどの少年が宙に浮いていた。その姿はまるで────
─────天使。
その天使は、神代達を見据えると、ゆっくりと口を開く。
『皆様、このような場所にお招きしてしまい、申し訳ありません。私は大天使を務めておりますセラエルと申します。単刀直入に言わせて頂きますと、皆様は異世界召喚というものに巻き込まれてしまいました。』
異世界召喚、神代やラノベやゲームを嗜む者達は、その事を予想していた。それ以外の生徒達は、何のことか全く理解できずにいた。
セラエルはそんな生徒達に構わず、話を続ける。
『何故皆様が召喚されたのか。正直に言いますと私にも分かりかねるのです』
わからんのかい、と大半は思ったが、口には出さなかった。
『理由は簡単です。我らが主である「善神の女神アステル」様が只今不在となっておりますので、世界を視ることができないのです。そのため、皆様の身に何が起こるかわからない状態なのです。なので、アステル様からお預かりしている加護を皆様にお渡しします』
加護?とクラス全員が首をかしげる。
『加護は様々な効果があります。皆様に与えられる効果は、異世界での自分の才能、力を開花させることと、基本ステータスの上昇です。これである程度身を守ることができるでしょう』
才能、ステータス。また新しい単語だ。頭が混乱しそうだった。
『そういえば、この世界のことをまだ説明していませんでしたね。この世界の名は「アヴルム」、剣と魔法の世界です。この世界には皆様のような「人族」と、その他の種族「亜人種」、それ以外の人類の敵である「魔獣」が存在します。ステータスについては、転移先で聞けるでしょう。それでは、皆様に加護をお渡しします。』
そう言って、セラエルは自分の両手を前に差し出す。その掌の上にいくつもの光の玉が浮いている。そして光の玉はセラエルの掌から離れ、神代達の方へと向かっていく。光の玉は神代達の元まで行くと、そのまま胸の中へと入っていった。
光の玉が神代の中にある何かと融合しようとした瞬間、
バギン、という音が鳴ったような気がした。その音を聞き、眉をひそめていると、
『皆様、加護を受け取りましたね?それでは転移します』
セラエルのの宣言と同時に、神代達は、光に包まれた。
白い空間の中、大天使は先程送り出した人間達の中の一人のことを思い出していた。
『あの少年、アステル様の加護を打ち消した?』
神の加護は普通、その加護の力の反対の加護の力がなければ打ち消すことなど不可能なのだ。それなのにあの少年は、何の加護も無しに高次元の力を打ち消したのだ。
『神代刀弥・・・彼は一体何者なのでしょうか?』
せめてここにアステル様がいらっしゃれば分かるかもしれないのに、と大天使の呟きだけが白い空間に寂しく響いた。