第二話~非日常へ~
あの後、女子生徒達にボコボコにされた神代は、教室で自分の席に突っ伏していた。
「ああーっ、酷い目にあった・・・」
神代が入った女子更衣室にいた生徒達が、自分のクラスの女子で無かったのが不幸中の幸いだった。これが自分のクラスの奴らだったら、この一年間気不味い空気の中で過ごさなければならなかっただろう。
まぁ、既にクラスの女子達から白い目で見られているのだが。
「ま、時間が経てばもう少しマシになるだろ」
神代はポジティブに考えることにした。
そんな神代に近付いてくる者がいた。
「刀弥、女子更衣室を覗いて女の子達にボコボコにされたんだって?」
呆れたような顔をしながら神代に顔をむける少年、浅間勇の言葉に反応した神代は、顔を上げ、反論する。
「覗いたんじゃねーよ、偶然女子更衣室のドアを開けてしまっただけだ」
神代の言い訳に対し、浅間は、
「でも入ったんでしょ?女子更衣室に」
浅間の的を射た言葉に、神代は苦い顔をする。
「しかも、ろくに謝りもせずに走って逃げたそうじゃないか」
続けざまに来る浅間の追撃に、さらに顔をしかめる。
「た、確かにそうなんだが、あれは仕方がないと思うぞ。だって想像してみろって、あんな殺気撒き散らして鬼のような顔で追いかけられたら誰だって逃げると思う」
あそこまで生存本能が警鐘を鳴らすほどの状況は滅多にないだろう。ボコられる寸前、死すら幻視した。あんなの誰だって逃げ出すだろう。
「それでも、やっぱり謝ったほうが良かったんじゃない?そしたらもう少しマシになったかもよ?」
それで許してもらえるのはお前ぐらいじゃね?と神代は心の中でツッコむ。
浅間の容姿は中性的なイケメンで、クラスメイトからも信頼される少年だ。このイケメンフェイスで謝られたら女子達は顔を赤くしながらも許すことだろう。
そんなことを考えていると、もう一人の生徒が近寄ってくる。
「全く、あんたは何やってんのよ。勇の言う通り、あんたが逃げるのが悪いんじゃない」
強い口調で話しかけてくる人物、濡れ羽のような髪を肩まで伸ばした美少女、島崎葵に二人は顔を向ける。
「何もそこまで言わんでも」
「いや、僕はそこまでの言ってないんだけどね」
神代は島崎の辛口な言葉に肩を落とし、浅間はそんな二人を見て苦笑する。
「そ、そんなに落ち込むことないじゃない。悪かったわよ、言い過ぎたって」
落ち込む神代を見てさすがに悪いことをしたかなと思った島崎は、神代を慰めようとする。
「まぁ、勇みたいに大体許してくれそうな顔してないけど、気にすることないわよ」
島崎の的外れな一言が、神代の心におもいっきり突き刺さった。
神代はそれに対抗しようと、
「いや、お前にその残念な胸で言われてもブーメランするだけだと思うぞ」
「なぁっ」
神代の失礼極まりない一言に反応した島崎は顔を赤くしながら、自分の慎ましやかな胸を片手で隠し、神代を睨み付ける。
「なんて失礼なこと言うのよ、この、馬鹿ー!!」
デリカシー皆無の神代刀弥に島崎の怒りの顔面ストレートがキマり、後方に吹き飛ばされた。
顔面に島崎の全力ストレートパンチを喰らった神代は、数分後に復活した。
「刀弥、もっとデリカシーっていうのを覚えなよ。」
浅間の注意に少しだけ反省した神代は、島崎に謝罪する。
「悪かったよ。ちょっと言い過ぎたかもしない。」
「本当よ。人が気にしてることを・・・・。ボソッ」
「ん?なんか言ったか?」
「な、何でもないわよ!」
そんなやりとりをしていると、教室にチャイムの音が鳴り響く。
その音と同時に生徒達が自分の席へと戻って行く。
すると、担任が教室に入ってくる。
「皆さん、ホームルームを始めますよー」
「起立、礼」
担任の呼び掛けに、日直が号令をかける。
そして、ホームルームが終わろうとする頃に担任が神代に、
「あ、神代君は数学の小テストが酷かったので放課後補習ですよ」
死刑宣告を言い渡す。神代のライフゲージはゼロになり、机に突っ伏す。
そんな神代を見て、クラスメイト達が一斉に笑い出す。
こんな日常が続いて行く。明日も、明後日も、ずっと─────
しかし、その日常は一瞬にして急変する。突如、教室が光に包まれた。
教室の変化にいち早く反応した生徒が教室のドアに手をかけ、開けようとする。
しかし、
「おい!扉が開かないぞ!!!」
びくともしない。普通、扉を開けようとすれば、何かしら音がするのだが、今の状態は、まるで壁を動かそうとしても無駄なように、動くどころか音すらもしない。
教室はパニックとなった。そんな中、神代は光の元、教室の床へと視線を動かす。
床には幾何学的な模様が現れていた。
それはまるで─────
「魔方陣?」
神代の呟きと同時に、教室の光はさらに強くなっていく。
そして、神代の視界は白く染まった────
教室の光がおさまっていく。光が完全におさまった後には、この教室の生徒達の姿はなかった。まるでこの教室には最初から誰もいなかったかのように。
そして日常は非日常へと変わっていく。
神代が思っているよりも簡単に、全てを嘲笑うかのように、日常は崩壊して行く。