挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。
<R15> 15歳未満の方は移動してください。

幼なじみに裏切られて泣いてたら、美少女がやってきて衝撃の事実が判明した

作者:瀬戸メグル
「――そういうわけで、太一とはもう別れたいの」 

 大学入学してすぐ、渚という同級生と波長が合って付き合うことになった。彼女は、いつだって優しかった。俺がデートに遅刻しても、間違って彼女の持ち物を壊しても、絶対に怒らない。
 ところが今、キャンパスの隅っこに立つ渚は見たことがないほど冷たい目をしていた。
 そして言い放たれた――三行半の言葉。
 俺は、簡単には受け入れられない。

「俺、どこか悪かったか? なら直すから!」
「直さなくていいの。直らないもの」
「そんなことわかんないだろっ」
「ううん、わかるの。だって太一、わたしのこと好きじゃないでしょ?」

 これには面食らってしまう。
 好きでもない人間と、約一年も付き合うか?
 んなバカなと発言する俺に対し、普段とは異なる抑揚のない口調で渚は告げる。

「自分では気づいてないけど、太一はいつもわたしのことなんて見ていない。他に、好きな人でもいるんでしょう」
「いないって! そんなやつ、絶対にいない」
「嘘ばっかり。何回も……寝言言ってたもの。ゆな、ゆなって」
「結那……って、マジかよ……」

 それは、小学校の時の幼なじみの名だ。

「自分に正直になった方がいいよ。そして本当に好きな人と、付き合ったほうが……いいに決まってる」

 渚は髪をかき上げ、目線を落としながら言う。

「恋人は無理だけど……人としては好きだから、友達でいられたら」

 恋人から友達。それは降格なのか? それとも……。答えあぐねた俺に、渚はまたねと口にしてキャンパスを去った。

 彼女がいなくなった後、俺は食堂で一人、ふぬけた気分で時を過ごす。
 ぼんやりと虚空をあおぐ。
 渚と自分の一年を反芻する。
 そして、言われてみれば、俺は確かに渚にゾッコンではなかったと気がついた。

「寝言で結那の名を……。そりゃ約束の日は、明日だけど」

 今日は五月十七日。そして明日十八日は特別な日になる予定なのだ。
 十二歳のとき別れた大親友――結那と、俺は八年ぶりに再会する。
 俺の人生において、一番の親友だった結那。
 ただ――

「俺とアイツは、そういう関係じゃない。そうじゃないんだっ」

 男女の仲とか、そういうことでは決してない。
 言うなれば、悪ガキ同士の絆。

「フラれて悲しいのに、明日が楽しみでワクワクもしてる。何なんだよ俺は」

 自分ってどういう人間なんだ! 
 そう叫びたい気持ちを唇を噛んで堪え、この日は帰宅した。

  ◇ ◆ ◇

 五月十八日。
 長袖では熱すぎるほどの晴天、再会の日の天候は最高と言えるだろう。
 なのに俺は、約束の場所で絶望の海に溺れていた。
 二十歳の男が、公園で一人泣きべそをかいてるのだ。

「あいつ、本気で約束忘れちまったのかよ……」

 八年も前のことだ、無理もないのか……。
 だがどうしてもやり切れない、だって俺とあいつは<最高の幼なじみ>だったはずだから。

『太一、八年後の今日、絶対にここで会おうな! 約束忘れんなよ!』

 あれから八年、俺はドキドキと胸を高鳴らせ、幼なじみを待っていたのに。
 あいつは来なかった。
 八年間、一度もやりとりはしていなかったけど、二人の絆は簡単に消えるものじゃない。
 そう信じていた。
 だが、絆は消滅していた。

「死にたい……」

「……何あの人、めっちゃ号泣なんだけど」

 女子高生たちが俺を見て不気味がっているが、気にもならない。
 俺は負け犬のような気持ちで公園を後にした。

 希望を、それも大きな希望を、見失った。

  ◇ ◆ ◇

 俺と明智結那のファーストコンタクトは、小学二年の時。
 転校生としてやってきたあいつはボーイッシュで、目つきのキツイ女だった。
 初っぱなから強烈で女なのに一人称がおれ。やばいのは口調だけじゃなくて中身もだ。

「今日からおれがこのクラスのボスになるからな。文句あるやつはかかってこい!」

 これに刺激された男子は多かった。中でもガキ大将をやっていた俺はものの数秒で脳みそが沸騰。 
 昼休み、俺は手下全員を集めて、体育館裏で結那を取り囲んだ。

「おい転校生、俺に勝てたらボスとして認めてやんよ」
「何だおまえ、個性のない顔しやがって」
「うるせーよ! もういくぞ!」
「とっととかかってこい」 

 挑発に乗った俺は女相手に本気でかかっていき、わずか一分足らずでボコボコにされた。
 体格がいいわけじゃないが、蹴りやパンチが鋭すぎた。
 格闘技のプロかよ、と子供ながらに怯えた。実際、結那の親父は有名な格闘家だったらしい。
 ともあれ、この日から男子一同は結那の手下と成り下がった。

 結那を新たなボスとして過ごした小六までの日々は、俺の人生の中でも最も輝いていただろう。馬鹿笑いして、エッチな本をみんなで見て、公園を取り合って他の学校の連中とケンカもした。
 濃密な日々だった。
 中でも俺と結那は、いつしか一番の親友となっていた。平日でも休日でもいつも一緒だった。離れない日は、ほとんどなかった。

「お前って不思議だよな、全然女って感じしねーの」
「まーな。性別とか関係ないし。おれたちは親友だぜ」
「もちろんだ。ずっと一緒だ」
「おう!」

 公園のジャングルジムの上、二人で交わした約束。
 ずっと、一緒にいられると思っていた。
 なのに別れは、突然にやってきた。
 家庭の都合で彼女は遠くに引っ越すことになったのだ。
 最後の日、結那は涙目で言った。

「二十歳になったら、またこの公園で会おうぜ。どっちが魅力的な大人になっているか、勝負しよう」
「何だよ、それ」
「いいからいいから」

 結那は滑り台の上に立つと、最後にめいっぱい笑ってから、こう叫んだ。

「太一、八年後の今日、絶対にここで会おうな! 約束忘れんなよ!」

 その後、俺は何度も転校した結那と連絡を取ろうとするが、その度に思い直した。
 大人になったあいつを楽しみにしよう――
 結局、叶わぬ夢と散ったわけだが。

 ダサすぎんだろ、俺……

  ◇ ◆ ◇ 

 あれから数日が経過した。
 晴れた日が続いているが、俺の心模様は暗雲どころか大雪が降っている。
 寒い。虚しい。生きてるのが辛い。
 希望が、ない。

「はぁぁぁ、メンドクセ……」

 朝起きて、行きたくもない大学へ向かう準備をする。
 朝飯は梅干し一個だけだ。
 午前中に学校につくと、門のところで見知ったカップルを発見する。
 もう付き合って五年になるのに、まだ手なんか繋いでラブラブなやつら。
 男の方が泰時、女の方は由香里、二人とも小学校からの幼なじみである。

「おー太一! 今日はちゃんと学校きたかー」
「いまあたしら、絶対来ないって噂してたんだよ~」
「まあ、サボり過ぎはあれだし……」
「あいかわらず元気ねえなぁ」
「お前らは逆に元気だな。五年も付き合ってるのにまだ仲いいしさ。最近彼女と別れた身には辛いよ」 

 本当は渚と別れたことより、結那に忘れ去られていたことのショックが大きいわけだが。

「そう落ち込むな太一。お前には、すぐに春がやってくる。具体的には今日あたり?」
「は? どういう意味だよ」
「知らない人からメール入っても無視しちゃダメだよ」
「だからどういう……」
「じゃあねー」

 二人はロクに説明もせず、さっさと校内に入っていく。

「意味わからん……」

 二人が変なのはいつものことなので俺は一コマ目の講義室に急いだ。
 教授を待っている間、知らないやつから突然メールが届いた。

『裏切り者』

 なんだこりゃ?
 新手のスパムメールかとすぐに削除。
 朝から気分が悪いなーと思ってた矢先、俺の隣に清楚な美人が座ってきてとても驚く。
 なぜかって? 席はまだまだ空いてるのに、わざわざ俺の隣を選択したからだ。

「ここ、座ってもよかったですか?」
「あ、は、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

 少し会話をするだけで、俺の心臓が爆発しそう。
 どこぞの箱入りお嬢様ってくらいに白皙、そして背中まで伸びた黒髪は艶々で枝毛一本存在しない。
 つぶらな瞳は澄んでおり、美形としか表現のしようのない顔立ち。これでスタイルも抜群、胸まで大きいのだからゲームで言うところのチートキャラだ。 
 けど……どことなく、雰囲気が渚に似ている。
 美人度はこっちが遙かに上だけど。

 動揺してるのが丸わかりなのはダサイので、俺は特に用もないスマホをいじくりまくる。
 ピロン――またメールかよ……。

『知っててこなかったのか、忘れててこなかったのか、どっち?』

 はあ? よく見りゃさっきと同じアドレスだ。
 どうせこれで送り返したら何回かメールして、そこからサイトに誘導するんだろ? 引っかかるかよ。
 ふと見りゃ美人さんもスマホをやっているので、思い切って声をかける。

「彼氏さんですか?」
「ええ、まあ、そんなところです」
「いいですねー、俺なんて変なメールがきて」
「……大変ですね」
「本当、迷惑メールはやめて欲しいです」

 せっかく会話できたのに、教授が入ってきて講義が始まる。
 もう少し空気読んで……。
 そして空気を読まないのは迷惑メールの送り主もだ。
 まだ送ってきやがる。

『約束、知っててこなかったのか、知らずにこなかったのか、どっち?』

 あんたと約束なんかしてないよ。
 面倒だから、迷惑ホルダーに分類する。

「これで良しと」
「何が、良しなんですか?」 

 美人が、小声で尋ねてくる。

「さっき話した迷惑メールのやつです」
「約束破ったのは忘れてたのか、知っててどうでもいいと無視したのか、ってやつですよね」
「そうそう、それです…………あれ、俺、話しました?」

 横を向くと、あの美人さんがめちゃくちゃ怖い顔をしていて鳥肌が立つ。

「で、どっちなんですか?」
「え、え? どういうこと? あれ、君が送ってた……?」
「いいから、どっちなのか答えて」
「そもそも約束ってなんなんだよ」

 俺が困惑すると彼女は机を強く叩き、講義中なのにもかかわらず立ち上がって怒鳴り散らす。

「八年前の――あの約束に決まってるでしょ!!」

 今にも泣きそうな顔で俺を睨みつけた後、彼女はダッシュで講義室から出ていく。
 俺はしばし放心状態になり、ようやく我を取り戻す。

「す、すみません、早退します」

 そう教授に告げて、彼女の後を追いかけた。
 『八年前』のワードは強制的にあいつを思い出させる。 
 廊下に飛び出ると、建物から出ていく彼女を追って、中庭でどうにかその片手を掴む。

「待ってくれ、お前まさか――結那なのか?」
「そんなの、一発で見てわかってよ!」
「いやわかるかよ! 変わりすぎだろって!」

 ボーイッシュだったあの頃の面影が全くないんだぜ、わかりっこない。

「私、ずっと待ってたのに……来てくれると思って……」

 弱々しい表情で涙を流すこの美女が、本当にあの結那だと……? 
 つか、一人称も私になってるし。
 だがちょっと待て。

「俺は守ったぞ、ちゃんと約束の場所に行って、ずっと待ってた。こなかったのはお前じゃないか」
「ハア? 私は朝の六時から夜の十二時まで待ってたから」
「そんなわけないだろ。俺だって午前中からいたのに……」

 どうにも話が噛み合わない。片方が何か大きな勘違いをしている可能性がある。そこで俺は一つ確かめる。

「約束の日って、五月十八日だよな?」
「何言ってんの、十九でしょ」
「マジかよ。じゃあもしかして……」

 どっちが間違ってたのかの言い合いは平行線をたどるから、この際やめておく。
 八年も前だ、正確性にも欠く。

「……そうか、あのメールはそういう意味だったんだな」
「泰時と由香里から、太一の連絡先は聞いてたから。つい恨み節を」
「二人とは繋がってたのか? つーかこっち戻ってきてたなら教えてくれよ!」

 同じ大学なのだ。少なくとも去年から、このキャンパスに通っていたことになる。

「私だって、迷ったよ。でも色々あって……声かけるのは我慢してたんだってば。どうせなら約束の日に、劇的な再会をしようかって……」
「そういうことだったとは……」

 わずかなすれ違いが、問題を大きくしたのか。
 しかし泰時と由香里め……今日出会いがあるとか言ってたのはこれかよ。

「あはは――あはっ、バッカみたい! 日付勘違いしてたとかさ、まさかこんな展開になるとは思わなかった、あははははーー、ばーかばーか」
「いやお前だって……」 

 急にケラケラと笑い出して、俺のほっぺをつねってくる結那に、内心俺は喜んでいた。
 あの頃と同じスキンシップだ――なんて思ったところ、結那はハッとして俺から手を離す。すぐに目をそらして、

「ごめん。馴れ馴れしいか」
「や、馴れ馴れしいも何も、俺たちは……」
「……うん、そうだよね」

 うっ、何だか雰囲気がおかしいぞ。
 もっとこう、フランクなやり取りをイメージしてたのだけど、どうもぎこちない。

「の、飲み物でも飲みますか」
「なんで敬語だし……まあ、飲むけどね。太一のおごりだよね」
「八年ぶりの再会だし、ここは俺がおごろう」
「ありがと」 

 自販機の並んだ休憩所にいき、二人でベンチに腰を落ち着ける。
 人一人分くらい空いているところに心の距離を感じるな。

「それにしても…………変わりすぎだろォォォォ」
「そう? 太一は、あんまり変わんないねー」
「背は伸びただろ。顔も、ちょっと男らしくはなった気が……」
「うん、なかなか男前だけどさ」
「お前は、お世辞とかじゃなくてとんでもない美人になったな」
「ハッキリ言っていい? さっき隣座った時、気づいてくれなかった時点で、すっごいムカついたから」
「それは、悪かったよ……」
「ま、ジュースおごってくれたから許すけど。あはっ」

 なるほど、笑い方とかはあの頃と一緒だ。
 結那のあれからの八年について、俺は色々と話を聞いた。
 時間が流れるのは早く、すぐに次の講義に出なくてはいけなくなる。

「また、あとで話せるか」
「いいよ。またあとで、ね」 

 結那が去った後、すぐにメールが入ってきた。

『私の番号とアドレス、登録しておくこと!(ビシッ)』

「もちろんでございます」

 独り言を漏らし、俺は指示に従った。
 二コマ目の講義は、泰時と由香里と一緒だったため、俺は会うなり詰め寄った。

「お前ら、結那のこと知ってたんだなっ」
「おー、その様子だとちゃんと会えたみたいだな。よかったわぁ」
「よかったわぁ、じゃねえから! ちゃんと説明してくれ。二人はいつから結那と繋がってた?」

 由香里が悪びれた様子もなく答える。

「大学入学してすぐだよー。あっちから声かけてきてさ」
「でも、一度だってそんな話しなかったじゃないか」
「だって、結那に太一には黙っててって言われたから」
「はぁ?」

 俺が首をかしげると、泰時が肘で脇腹をついてくる。

「太一だって悪いんだぜ。大学いる時は、いつも渚ちゃんと一緒だったから」 

 確かに去年は、大学でもずっと二人でくっついていたっけ。

「でもそれと結那の件がどう関係ある?」
「いや大ありっしょ」
「ハァ、太一は鈍いね~。結那を見て、何も感じなかった?」
「それは、すごい美人になったなと」
「そうなんだけど~、あのファッションとか髪型とか、雰囲気とか」
「ん?」
「うはぁ……まあいいや。とりあえず今日、四人で飲みにいこ。強制参加だかんね」

 俺の返事は必要ないらしい。
 ただ、こちらとしても結那とじっくりと話せるのは楽しみだったりする。
 今日はバイト、早めにあがらせてもらおう。


  ◇ ◆ ◇


 午後の九時、夜の繁華街にバイトから直行すると、すでに三人とも集まっていた。

「おせえぞー。まあいいや、行こうぜー」

 泰時いきつけの安い居酒屋に四人で向かう。
 移動中、自然と俺と泰時、結那と由香里という風に別れて歩く。
 後ろの二人に聞こえないよう、泰時が小声で話しかけてくる。

「結那、マジで綺麗になったよな。ミスとか絶対なれるだろあれ」
「確かに、あの頃の面影がないよな」
「で、今の服を見ろ。どう思う?」
「ワンピースか? めちゃくちゃ似合ってるな」
「そうじゃくてぇ……何で昼と違う格好してるかわかるよな?」

 いやわからん。素直に答えると、泰時が額を押さえて盛大にため息を吐く。

「わかった。じゃあ鈍いお前にはこう言おう。結那の雰囲気、渚ちゃんに似てると思うだろ?」

 それは、最初に講義室で会った時にも受けた印象だった。

「やっぱファッション誌とか、同じの読んでるのかね?」
「太一、お前バカだわ」
「そんな言い方ないだろって」
「もういい、店についたし」

 照明が弱く、落ち着いた雰囲気の店で俺たちは四人テーブルを囲む。隣は泰時だとばかり思っていたのに、あいつは由香里と一緒に座ってしまう。
 昼と同じく一人分のスペースが空くことに若干気まずさを覚えつつ、俺は表情に出さないよう努める。

「じゃあ、太一と結那の再会を祝って、カンパーイ!」

 泰時の音頭で一斉に酒に口をつける。
 この四人だと、昔話で簡単に盛り上がる。
 小学校の時のネタがつきず、数時間があっという間に過ぎ去った。
 問題は、夜の十二時を回り始めようとした時に起きる。
 泰時と由香里のいちゃつきが、度を超え始まったのだ。
 少し前からチラホラやってたのだが……

「あぁー由香里、大好きだよ。絶対結婚しような」
「え~、どうしよっかな」
「何だよー、してくれないならこうしてやる」

 こんなアホな会話をしてほっぺたにチューとかやってるのだ。
 目の前で見せつけられる俺と結那はたまったもんじゃない。さりげなく横を確認すると、頬に紅を差し込んだ結那が、まじまじと見つめていた。

「あー……そろそろ出ようぜ」

 金を集め、俺が代表で金を支払う。
 十二時を回ってることもあり、外のひと気もだいぶなくなっていた。
 バカップルは肩を抱き合い、スキンシップを取りながらのろのろと歩く。

「危ないぞお前ら」
「何だよ羨ましいのか? じゃあ太一たちもやればいいじゃん」
「何言ってんだよ、なあ結那」
「……うん」
「固いこと言っちゃって~。おー由香里、ここ入ろう」
「も~、泰時のエッチ」

 こいつら本気か……。普通にラブホの中に入っていく。
 いや二人には日常なんだろうけど、今は俺たちがいるわけで。

「お前らも一緒に入れば?」
「んなわけいくかっ。ここでお別れだな。じゃあな」

 二人とはここで別れた。
 参ったな、と俺は頭をかきつつ結那に訊く。

「今、どこに住んでる? 送ってくぞ」
「じゃ、お願いしよっかな。歩いて行けるから」

 案外近場に住んでいるらしい。
 二人で同じ方角に足を向ける。

「そういや、まだ格闘技やってるのか?」
「んー、中学でやめちゃった」
「そっか。それでも俺よりは強そうだな」
「どうだろねー。そっちは何かやってるの」
「バイトくらい。他は特に、だな」
「彼女、最近別れたって聞いたけど」
「まぁな」 

 原因を訊かれたので軽く説明しておく。端的に言えば、俺の愛情表現が下手だったということだ。

「結那は彼氏くらいいるんだろ」
「今はいないけど」
「絶対モテるだろ。理想高いのか」
「そうでもないよ。もう三年くらいいないし」
「へえ……」

 意外すぎる。話しかけにくいオーラ出てるわけでもないのに。

「中学の時は部活一本だったんだけど、高校で帰宅部で暇になって……。男の人に言い寄られて、何人か付き合ったけど、すぐにダメになっちゃう」
「理由聞いても?」
「……なんか、ダメなんだよね。どうもチラつくというか。思い出しちゃうというか」
「何を?」 

 返事は返ってこない。結那は無言で足を動かす。少し、イラついているようでもあった。
 俺、何か悪いことしたのかよ……。

「ついた。ここ」
「良いとこ住んでるな!?」 

 セキュリティ万全の高そうなマンション。
 そういやこいつの家、結構な金持ちだった。

「俺の安アパートとは大違いだ……。これが格差か」
「何オッサンみたいなこと言ってんの。入る? お茶ぐらい淹れるよ」
「さすがにマズイだろ。時間もアレだし」
「何で気を遣うかな。八年ぶりに再会できた幼なじみなのにー」

 だからこそ気を遣うわけだが……まあ、今回はお言葉に甘えることにした。
 二階にある結那の部屋は綺麗で広くて、おまけにいい匂いまでする。
 部屋に置かれたソファーに腰掛けると、結那がお茶の準備を始めた。

「はいどうぞ」
「お、どうも」 

 目の前でティーカップに熱々の紅茶を注ぎ込んでくれたのだが、その際、小さなハプニング。
 服の隙間から、胸元が見えそうになったんだ。
 俺は急いで視線をそらす。

「美味しいかわかんないけど」
「サンキュー、いただきますあっぢぃい!?」
「あははっ、やっぱバカだー!」

 ガチでバカだわ。
 こりゃ恥ずかしい。
 結那が楽しそうなので、いいけども。

「なんか、変なの」
「俺の顔か?」
「違うし。……太一と会ったら、もっと色々話すと思ったのに、意外と言葉が出てこない」

 どういう、意味なんだろう……。
 俺が思った以上につまらない大人になっていたということだろうか?
 ネガティブすぎる? 

「太一って、好きな人とかいないの?」
「急に話題変わったな」
「私はいるけどね」
「マジか。本当、乙女っぽくなったなぁ」
「うるさいし。……聞きたい?」
「ぜひ」
「教えない。ばーか」

 何だよ、また俺のこと指さしてアハハハ笑ってるし。
 でも――あの頃を思い出すな。二人で来い時間を過ごした、あの頃を。タイムスリップしたみたいだ。

 これを皮切りに話が盛り上がり、結局俺は深夜二時までお邪魔することに。明日も講義あるし、名残惜しいが帰ると告げる。

「遅いし、大丈夫? 布団下に敷くし、泊まっていきなよ」
「気遣いありがとな。でも今日は帰る。歩いていける距離だし」
「……わかった」

 こうして、俺は結那のマンションを後にした。
 ああ、今夜は満月だったんだ。
 今頃気づいた夜空模様。 
 なんだかんだ、俺も浮かれてたな。


  ◇ ◆ ◇


 翌朝、目覚し時計が鳴るより先にインターホンが鳴り響く。何度も何度も。

「うるせえ……」

 まだ、朝の九時半だ。講義は午後からなので今日はのんびりしてられるはずなのに。

「はいはい、今出ますって」

 これで押し売りだったらキレよう。
 だがそうじゃなかった。
 ドアを開けると、泰時と由香里がなだれ込むように入ってくる。

「お前ら、急にどうしたぁ?」
「どうしたぁ? じゃねえよ!!」
「そうだよ! このヘタレマン!!」

 いきなり人の家押しかけてきて、家主をディスる。
 最近の若者は、と世のオッサン方が嘆くわけだよ。

「おい太一、昨日あれから結那の家に行ったんだってな」
「あいつから聞いたのか。でも、神に誓って変なことはしてない。安心してくれ」
「だからこそ安心できねえんだろうって!」
「太一のヘタレマン!」

 はい? 二人とも何を怒ってるのか俺にはさっぱりだった。
 泰時は血走った目つきで、まくし立てるように話す。

「夜中に家に招いてくれた女子に対して、お前は何をした?」
「何って、昔の話を……」
「お茶飲んで、昔話して、あー楽しいってなった。そうだな?」
「全くそのとおり」
「で、そこから何をした?」
「何って、遅いから帰るって」
「童貞かよ!」
「チェリーかよ!」

 泰時と由香里の息がぴったりすぎて攻めが二倍激しい。
 ただな、俺にだって言い分はある。

「言っとくが、俺たちは恋人でもないんだぞ。むしろそこで手を出したらおかしいだろうが」
「好意がなかったら、夜の十二時にお茶なんか飲ませねえだろって。お前どうなんだ?」

 た、確かに、俺も好きでもない女を夜中に家にいれないかも……。

「なあ太一、オレ昨日言ったよな? 結那の雰囲気、渚ちゃんに似てないかって」
「ああ……」
「あれはな、似せてるんだよ。お前のタイプが、ああなんじゃないかって」

 驚く俺に、今度は由香里が告げる。

「大学入学した時、本当は結那はあんたに声かけようとしてたんだよ。でも、キャンパス内で渚ちゃんと手を繋ぐあんたを見て、やっぱりやめたわけ」
「これ以上は、オレたちからは言えねえよ。本人の口から聞いてこい。大学の入り口のところに呼んでおいた。今すぐいけ」
「お、お前らは」
「行かないっつの。太一が一人で行け」

 自分の部屋なのに、強引に追い出されてしまう。
 内側から鍵までかられたっていう。
 こいつら、本当に友達なの……?

 ともあれ、俺に残された道は一つしかなく、大学の門へ急いだ。

  ◇ ◆ ◇

 走りながら思い出したのだが、キャンパスの入り口は二つある。
 一体どっちだ、と当てずっぽうで向かったところ、ビンゴ!
 門のすぐ近くに、異彩を放つ美女がいた。
 ハアハア、ゼエゼエと呼吸を乱しまくりながら俺は結那の前に立つ。
 薄いとはいえ、結那は化粧をしっかりしてあり、髪もしっとりと流れるようだった。

「泰時たちが急に家に来てさ……」
「うんわかってる。いいの。私も話したいと思ってたし」
「焦ってきたから髪型とかボサボサだな……」
「特にいつもと変わりないよ? 場所移動しよ」

 さりげなくキラー発言きたー。
 俺はいつも髪ボサボサだったのか……。
 もう少しセットの仕方とか覚えよう。
 昨日と同じ、自販機のある休憩所に二人で向かう。

「これ好きだったよね。今も?」
「ああ、コーラは好きだよ」
「じゃ、今日は私がおごったげる」

 冷えたコーラを受け取り、俺は礼を述べる。
 しばし沈黙が俺たちを包む。
 結那の方から、切り出してきた。

「高校の時、帰宅部になって暇になってさ。文化祭とか頑張ってたけど、何かしっくりこなくて……。でね、恋愛でもしてみようかなと思ったわけ」
「昨日言ってたな」
「でね、ある日、告白してきた人と付き合ってみたわけ。そこそこ良い感じにはなったと思うんだけど、お祭りにいって肩を掴まれた時、違うな……って」

 イベントのいい雰囲気の中でもそう感じたらしい。
 結那はダメダメと自分の頭を小突く。

「誤魔化しはいかんねー。ハッキリ言うとさ、なぜか太一の顔が浮かんだの。それまでも、ふとした時に小学校のことを思い出すことはあった。特に太一と遊んだ記憶」
「俺だって、よく思い出してたよ。お前が一番の親友だったからな」
「嬉しい……私もそう思ってた。……それで、結論から言うと、私はその男子とはすぐ別れたのね。次は、もっとかっこいい人と付き合った」

 けどそれも、そっこうで破局になったと結那は言う。
 原因はやはり結那にあり、前回と同じパターンだったらしい。

「その後、もう一人付き合ってはみたけど――やっぱり同じ。そこでようやく気づいたわけ。十七歳の時だったかな」
「……」
「私、もしかして太一が初恋だったのかも、って」

 そう告白され、俺は言葉に詰まる。
 どういう反応したら良いのか迷ったのだ。
 結那は関係なさそうに話し続ける。

「そこで十八歳の時、太一の家に電話をした」
「うそ? いつ?」
「受験の半年くらい前。お母さんに太一がどこ受けるか聞いたら、地元のここだって」
「母さんから聞いてないぞ……」
「口止めしといたもん」

 用意周到とはこのことかよ……。
 結那の学力にもあってたし、こっちに戻ってきたいという気持ちもあったため、迷いなくここを受験したようだ。

「とまぁ、ここまで話したように――私は太一が好きっぽい! キャンパスで彼女と仲良くしてるの見たとき、死ぬほど鬱ったからね。それでもう、誤魔化しがきかなくなった」
「……そこまで好きでいてくれたのは嬉しいな。でも俺は、何というかまだ親友的な感じがしてて」
「わかってるよ。けどさ、それはわたし的に難しくて……、お試しでいいから付き合ってくれない?」
「お試しってお前……」
「もし他に好きな人できたら、そっちいってもいいよ。そうならないよう、私頑張ってみる」

 女性にここまで言われて――しかも自分のタイプで、性格も合う相手に――なぜ断れようか。

 八年の時を経て、俺と結那は恋人同士の関係になった。

 これが進化なのか退化なのかは、まだわからないけど、

「やばい、めっちゃ嬉しい……!」

 隣で幸せそうに喜ぶ結那を目にすると、正解なんじゃないかと思った。

  ◇ ◆ ◇

 付き合うことにした、と泰時と由香里に伝えると盛大に祝ってくれた。
 二日連続で深夜まで飲み会はキツかったけどな。
 そして翌日からは、一緒に授業を受けたり、結那の友達に紹介されたりと忙しい日々を過ごす。
 初デートは、春風吹きまくる土曜日だった。

「ぎゃーーっ、スカートはいてくんじゃなかったぁああぁああ」

 という結那の悲鳴が町中に響き渡った。
 いたずら風くん、仕事しすぎて俺はもう顔が熱いよ。

「……見た?」
「見てない」
「嘘だ、絶対見たでしょっ」
「だから見てないって! 目を瞑ってたってば」
「そこまでして見たくないのかよ!」

 見ても見なくても、俺は怒られるみたい。
 デートは、昔一緒に遊んだスポット巡りだったのだが、これがまた面白かった。その場所に来る度、不思議と当時の記憶が鮮明に甦ってくるのだ。

「ねね、ここの滑り台で太一がズボン破いたの覚えてる?」
「忘れるかよ。釘仕掛けたやついて、パンツまで破けたんだから……」
「あれ最高だったなー! あとあれ、あの木の近くでドーベルマンと闘ったよね」
「やったやった。殺されかけたけど」
「二人で泣いて帰ったのが昨日のことみたい。あー楽しーっ」

 あーやばい、俺も楽しい。
 やっぱり共通の記憶ってのは盛り上がるよな。
 外見は変わっても、やっぱり結那は結那なのだろう。

「ところで、おれって言わなくなったな」
「この年で言ってたらヤバイでしょ」
「確かにな……少し寂しい気もするけど」
「なにそれ、あの頃に戻れと?」
「そうは言ってないけどさ」

 ふーん、と結那はしばし俺を眺めた後、急にヘアゴムを取り出して髪をアップにし出した。
 お次は、滑り台の階段を一気にかけ上がっていく。
 おお、抜群の運動神経は健在か!
 あの頃に髪型を似せた結那が、滑り台の上で、俺を指さしながら叫ぶ。

「太一、八年後の今日、絶対にここで会おうな! 約束忘れんなよ!

 これには笑みが零れる。

「めっちゃ似てるな」
「本人だからー!」

 おお、そりゃ納得だ。

「私だけズルい。太一もあれやってよ。ケンカに勝ったときのポーズ」
「無理」
「無理じゃない! 頑張れ太一」

 どうしてもやらにゃいけない雰囲気なので、俺は周囲に人がいないのを確認してから行う。
 中腰にして、ガッツポーズを取って、

「地球最強の男、その名はタ・イ・チー!」
「~~~~~~~~~~(爆笑)!」

 結那のやつ、腹抱えて笑ってやがる……。
 ヒーヒー言って目頭に珠の涙を浮かべていた。

「当時はかっこいいと思ってたんだよ……。悪かったな……」
「久々に見たな~。みんな、笑い堪えるの我慢してたんだよねー」
「これ以上ダメージ重ねないでもらっていい?」
「おーごめん。次はどこいこっか」

 初デートでは、昔懐かしムードばっかりで、男女の雰囲気とかにゃさっぱりならなかったけれど、それで良かったと俺は感じた。
 むしろ、それが良かった。
 いきなり、甘いムードになれって方が無理なんだ。
 俺たちは幼い頃の戦友なんだから――

  ◇ ◆ ◇

 飽き飽きしていた大学生活が、また鮮やかに彩り始めた。
 慣れたキャンパスも一緒に歩く人間が変わるだけで違った景色に見えてくる。
 問題は、結那が人目を惹くということか。性別関わらず、すれ違う人間がよく振り向いたり、声をかけたそうにする。

「言っとくが俺、浮気とかは許さないタイプだからなー」
「こっちのセリフね?」

 プロ格闘家直伝、ワンツーからのローキックが俺に入る。無論、力は全くこもっておらず、さっぱり痛くないのだが。

「今日は大学終わったら、どこ行こっか?」
「体動かしたいな」
「じゃボーリングからのビリヤードからのカラオケからの食事ね」
「ハードすぎる……」

 ――と、
 ここで今一番会いたくない人に出会ってしまい、俺は立ち止まった。

「太一……」
「……おぉ、渚、か」

 よりにもよって元カノとハチ合わせとは。
 渚は隣にいる結那を見てかなり驚いていたようだった。そりゃそうだ、別れて一ヶ月かそこらで別の女と親しく歩いているのだから。
 なんて男だと軽蔑してもおかしくない。
 無論、そんなことはおくびにも出さないが。

「久しぶり。……彼女?」
「えっと、こっちは……」

 喉から幼馴染という言葉が出かかって、すんでで阻止する。
 ここでそう述べてしまえば、それは結那への裏切りになる気がした。
 実際、結那はジトーッとした目で俺を見守っている。
 いや、監視という方が正しいか。

「俺の、彼女だよ」
「……そうなんだ。すごく綺麗な人だね」
「どーも初めまして、明智結那と言います~」
「貴方が……」
「え、何ですか?」
「いえ、何でも」

 結那が機嫌良く対応するあたり、俺の発言は間違ってなかったみたいだ。
 なんて思ってたら――

「ねえ太一、そのうち相談したいことがあるんだけれど、電話しても?」
「え? あ、ああ、いいけど……」
「助かるわ。それじゃ、また」 

 温和に微笑すると、渚は校内に消えていく。
 俺は背筋が寒い。なぜなら結那の目つきが猛獣のそれだから。

「なんっ――――なのあれ! ねえ、私彼女って言ったよね? それ知った上で、太一に相談したいことあるだってさ!」
「……その、あいつは悩みやすいタイプで」
「別れたのに、相談とかありなの?」
「……」
「私に宣戦布告してんのかな、あの人。だったら受けて立つけどっ」

 目にもとまらないシャドーボクシングを始めた結那に俺は心底危機感を覚える。

「やめやめっ、あいつは普通の女の子だから!」
「渚さんの味方、なんだ」
「そういう話じゃなくて……」
「ふん。いいもん。……本当はわかってるよ。太一は優しいから断れないだけでしょ。いいよ、相談くらいなら。でも浮気は絶対しないで」
「それは絶対に、誓うから」
「なら我慢する」

 結構結那は大人で理解してくれた。

 結局、渚から電話がかかってきたのは翌日の夜だった。相談内容は、バイト先の人間関係のこと。
 つまるところ、愚痴みたいなものだな。
 小一時間ほど話すと満足して電話を切った。
 こういうの、やっぱ良くないよな。
 俺もケジメつけなくては……。

  ◇ ◆ ◇

 時が流れるのは早く、二年生が終わり、早くも三年生に突入。
 結那と再会して約一年、俺は毎日が楽しくて仕方なかった。
 まず週に五回は、朝に訪ねてくる。
 毎度インターホンで起きるのが面倒だから合鍵を渡してあった。

「はい太一、起きる。このままじゃ講義に遅れますよ~」
「あと五分……あと五分だけ」
「じゃ私が勝手に話するから寝てていいよ」
「ふぁい……」
「あるところに、一人の女性がいました。その人にはとても楽しみな約束がありました。八年前、幼なじみと交わした――再開の約束です。ついにその日が訪れ、ワクワクしながら待ち合わせに行きました。気合い入れすぎて、朝の六時から待っていたのです」

 俺の頭もさすがにクリアになっていく。
 結那は飄々とした様子で話す。

「ところが、待てど待てど彼はやってきませんでした。ついに夜の十二時を回ると、その女性は公園で一人寂しく号泣しました。『太一のバカァ、裏切り者ォ』」
「やめてくれえええええええ」
「よっしゃ起きた」

 ウシッとガッツポーズを取る結那。策士か……。
 すっかり目の覚めた俺の前に、チャチャッと朝食が用意される。

「朝ご飯できてるから早く食べなっせ」
「いただきます……」

 付き合ってから知ったのだが、結那は昔からは想像できないほど家庭的なスキルを身につけている。
 将来、いいお嫁さんになりそうだよなぁ。

「何、私の顔になんかついてんの?」
「特には」
「そんなに美人だった?」
「自分で言いますかね、そういうこと」
「太一が言わないから嫌々自分で言ってるんだけど」
「……すまん」
「あははっ、へこむなー! 冗談だって。逆に美しいとか言われても怖い」

 とはいえ、女性はやっぱり褒められたいとも言う。
 俺も、もう少し口が上手かったらいいのだが。

 大学で一コマ目を受け終わり、休憩時間に結那と休んでいると、目の前を通過した美人に俺はつい目を奪われる。
 モデルみたいなスタイルにミニスカートという格好をしていたからだ。
 見ちゃいけない、と注意しても目が自然と追ってしまっていたらしい。
 結那が明らかに不機嫌になる。

「あ、あの人さ、服にゴミついてたな」
「ふーん。だから凝視してたんだ」
「凝視って……。それはそうと、次の講義って何だっけ」
「耳悪いから聞こえない」
「いやいや……。確かに見たけど、別に変な意味があったわけじゃないから」
「……」
「そういえば、今日どこいく?」
「……」
「バイト先の子の相談とかのってあげるの、俺そろそろやめようかな」
「ほんと!?」
「都合いい耳だなおい」
「もうやめなよー。渚さんの時みたいにハッキリ言って」

 そう約束することで、彼女の機嫌を修復する。

 どうも俺、人が良さそうに見えるらしく、ちょくちょく女性に相談されるのだ。
 やましいことはないのだが、結那はそれが毎回気にくわないと。

「でも私たちも来年就職だし、遊んでばかりもいられないよね」
「俺は、地元に就職しようと考えてる」
「私もこっちかな。狙ってる会社があるので」 
「そっかそっか」
「太一の嬉しそうな顔、可愛い」
「そっちこそ、笑ってるじゃん。よっしゃ、今日は企業とかについて勉強するか!」
「エッ、普通にカラオケいきたい」

 こいつ全然やる気ねえな……。
 流れされる俺も俺なわけだが。
 カラオケ帰り、俺たちは馴染みの公園でソフトクリームをぺろぺろ舐める。
 突然、結那が立ち上がって滑り台をのぼり出した。
 子供時代のように悪戯な笑みを浮かべ、ビシッとこちらを指を指す。

「太一、五年後の今日、結婚しような! 約束忘れんなよ――!」

 俺はあっけにとられたね。遊びとはいえ、こんなプロポーズの仕方ってあるかよ。
 ただ、ウキウキした気分にさせられたことは認めよう。

「今度は日にち、間違えんなよ」
「そっちでしょ、間違えたの!」
「それはない。絶対ない」

 いつも、この話題は決着がつかない。
 本音ではどちらが勘違いしていたかなど、どうでも良くて、俺と結那だけのコミュニケーションだった。 
 ――こんな風に、結那と送る大学生活は温かくも過ぎ去ってく。
 四年になると、さすがに生活が変わる。
 お互い就職活動に苦しみつつ、それでも励まし合い、どうにか乗り切った。
 卒業式には、感極まって二人で泣きながら公園でクレープを食べた。

 社会人になると、慌ただしさ、忙しさの中に時間が置き去りにされていく感覚を味わう。
 それでも俺たちは、記念日やイベントの時には絶対に会って気持ちを確かめ合った。
 何年過ぎても、気持ちが色あせることはなかった。

  ◇ ◆ ◇

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、哀しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「――誓います」

 艶のある木製のチャーチベンチが何列にも並ぶ教会内。壁に設置された十字架像、そして多くの親類や友人たちに見守れながら俺たち――太一と結那は誓いの言葉を口にした。
 純白のウエディングドレスに身を包んだ結那は神聖な雰囲気に満ちあふれ、率直に、美しかった。

「おめでと~~、あたしらより先に結婚するとかずるいけど」
「まさか、マジで結婚しちまうなんてな」

 泰時と由香里が祝福してくれる。
 この四人が集まると毎回昔話に花が咲く。
 披露宴は無事に終わり、夜の二次会も盛り上がった。

 全てが終了した帰り道、俺は結那と手を握りながら帰路につく。

「大人のお姉さんって感じになってきたよな」
「おばさんっていいたいのかな?」
「そこは素直に受けとろうぜ」
「わーい、結那嬉しい~。ところで、公園寄らない?」
「もう夜中だぞ」
「いいからいいから」 

 結那の強い要望で、俺たちは学生時代はよく通ったあの場所へ。
 来るのは久しぶりだった。
 夜中ということもあり、誰もいない。
 俺たちだけの会場と言ってもいい。

「さあ太一、ここでゆっくり語り合おうよ」
「いや、そうもしてられない。やることがあるんでな」
「……なに?」

 きょとんとする結那に、俺は片笑みをしてから、滑り台の階段を駆け上がっていく。
 いつも、これをやるのは結那の役目だった。
 でも今日は、違う。
 童心に返ったつもりで俺はめいっぱい叫んだ。

「なあ結那、三年後、元気な赤ちゃん作ろうぜ! 五年後、三人で遊園地に行こう! そして十年後、二十年後、三十年後――ずっと幸せに暮らそうぜ!!」

 精一杯頑張ったというのに、結那は大爆笑していた。
 涙が流れるほど、面白かったらしい。
 ひとしきり笑うと今度は結那まで階段を上がってきて、俺に抱きついてくる。

「喜んで!」

 また、
 同じ空の下で誓う、
 あの日のような約束を――
おもしろかった方はブクマ、評価などしてもらえると嬉しいです!

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ