八十話 お題:長雨 縛り:塗り物、好々爺
地元に伝わる話である。昔この一帯で雨が異様に長く続いたことがあった。作物が作れず水害も多発し、藩主が日々報告される被害に頭を痛めていると、ある日雨を止める方法を知っているという老人が訪ねてきた。家来は追い返しましょうか、と言ったが藩主は会うことにした。その老人は一見したところただの好々爺で、藩主に、
「一月後にまた来るのでその時までに上等な塗り物を集められるだけ集めておきなさい」
とだけ言って立ち去った。藩主は半信半疑ながら何もしないよりはと老人に言われた通りのものを用意し、そして一月後になった。老人は言葉通り再び藩主の元を訪れると、
「塗り物は集めたか」
と聞いてきた。藩主が集められるだけ集めた、と言い家来に命じて老人の前に塗り物を並べさせると、老人はそれを満足そうに眺めながら、
「結構、結構、それでは味見をするとしようか」
と言った。老人は藩主が見ている前で塗り物の一つを手に取り、それの表面を舐め始めた。老人が舐めるたびザリザリザリ、ザリザリザリと音がして表面の漆が剥げていく。老人は塗り物の漆を舌で全て剥がすと、
「うむ、うむ、実に美味だのう。結構、結構」
と言ってその場に用意された全ての塗り物の漆を舌で剥がし、呆然としている藩主に、
「これから毎月漆を舐めに来るから、同じように用意をしておくように。そうしないとまた雨が続くぞ」
と言って立ち去った。直後、雨がやみ、雲が晴れ、太陽が顔を覗かせた。以来月に一度その老人に塗り物を舐めさせるのがその藩の慣習となったそうなのだが、ある時を境にぱったり行われなくなったという。老人が死んだのか、それとも漆の味に飽きたのかははっきりとしない。