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七十三話 お題:スープ 縛り:欲、ダメージ、不況

 知り合いの社長から聞いた話である。彼の会社はある時不況によるダメージのせいで倒産寸前にまで陥ったそうだ。

「これはもう首をくくるしかないなぁと思ってね。そしたら最後に街をブラブラしたくなって、散歩に行ってみたら」

 彼の足はある洋食屋の前で止まっていた。中からは実に美味しそうな匂いが漂ってくる。彼は自分にまだ美味しいものに対する欲が残っていることに驚きながら店に入り、店主にいい匂いがするけど何を作ってるんですか、と聞いた。店主は一瞬驚いたような顔をしてから、彼に、

「お客さん、今かなりお辛いんでしょう。ちょっと待っててください、すぐ持ってきますから」

 そう言って厨房に入ると、すぐに一杯のスープを持ってきたという。彼が呆気に取られていると店主は、

「お代はいりません。ごくたまにこれの匂いがわかる人が来るんですよ。そういう人にしかお出ししてないんです。さ、どうぞ」

 彼はどうにも胡散臭いと思ったが、もうすぐ自殺をする人間が何を気にすることがあるだろうと思い、そのスープを飲んだ。

「本当にこの世のものか、と思う味だった。美味しくて美味しくて、死んでしまったらこれを二度と飲むことができないと思うと涙があふれて止まらなかったんだ」

 店主はスープを飲んで大泣きしている彼を見て微笑み、

「今は本当にお辛いでしょうが、あともう一踏ん張りしてみたら道が開けるかもしれません、このスープはそのための元気を取り戻せるよう作ったものなんです。どうですか、あともう一度だけ頑張れませんか」

 と言った。彼は店主に礼を言って店を出ると会社に戻った。そこから彼は周囲の人が唖然とするほどの気迫で会社の立て直しに奔走し、ついに倒産の危機を回避することに成功した。彼はこれで平穏な生活に戻れると思った。だが、

「何をしてても満たされないんだ。会社は元通りどころか業績を伸ばしてる。家族とすごす時間も贅沢をする余裕もある。それなのに、どれもこれもあの洋食屋でスープを飲んだ時の喜びに全く及ばない。それどころか生まれてから今までの全ての喜びを足したところであのスープ一杯に及ばないんだ、私がこれまでの人生で得てきたものは一体、一体何だったのかと思うと……」

 もし彼が飲んだというスープを飲む機会が与えられたとして、飲むべきか飲まざるべきか、全く悩ましい限りである。

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