六十話 お題:文字通り 縛り:天測、パリティー計算、地滑り、野手
幼馴染の男の話である。彼はなんでも異世界に行ったことがあるそうだ。
「俺中学の頃野球部でさ、野手やっててショートだったんだけど、試合中に何の前触れもなく違う世界に飛ばされてさ」
彼はその世界の商人と共に色んなところを巡ったという。船旅も多く、船の位置を知るための天測にはずいぶん苦労したそうだ。
「まぁその世界のあちこちを見て回ったけど、ほんとこっちの方がずっと恵まれてるってことがよくわかったよ。こっちでは野菜を食べる側じゃなくて作る側を守るためにパリティー計算なんてことまでするじゃん。余裕がある証拠だよなぁ」
私が彼にただ夢を見ていただけではないか、と聞くと、
「いやいや、ちゃんと消えてたんだって。証人は当時の試合の関係者全員な。つーか消えてたのは一時間くらいだって言われたんだけど俺向こうの世界で十年くらい生きてたからまぁ感覚狂っちまって困ったわ。段々直ってったけどさ」
ふと、十年もいたのなら未練もあるのではないかと思い、聞いてみると、
「まぁ全くないって言えば嘘になるけどさ。でもやっぱりあの世界には最後まで馴染めなかったよ。だって地滑りが起きてもそれが巻き戻って元通りとか普通にあるんだぜ? 文字通り世界が異なってるんだよ」
それを聞いて思わず、一生に一度くらいはその光景を見てみたいと思ってしまった。