五十八話 お題:不甲斐無い 縛り:紐、精神鑑定
退職した元刑事から聞いた話である。
「世の中情けないやつってのはいるもんでなぁ」
なんでも昔、ある男が一家心中を試みたそうだ。紐を使って妻と息子を絞殺してから自分は首を吊って自殺する、という段取りだったらしいのだが、
「女房と子供の首を絞めたはいいんだが、締め方が甘かったんだ。まぁ殺すのが怖かったんだろうよ。しかもご丁寧に119番に電話してから首吊ったんだと」
救急車の到着が早かったこともあり、男とその家族は誰も死ななかった。だが、
「かわいそうに、女房も子供もどっちも障害が残っちまった。まぁある程度長い時間息止まってただろうからな。そのくせやった男はピンピンしてやがってよ。ただ言ってることが色々おかしかったんで精神鑑定受けさせて、結局責任能力ありってことにはなったんだが」
裁判の際、男は反省している、本当は妻や息子にあんなことはしたくなかった、といった発言を繰り返し、また被害者である妻子からの嘆願もあって執行猶予になったという。
「ほんとどうしようもねぇよ。奥さんも子供も首絞められて体に障害が残ってよう。それでもそいつのことを許してやってくれって言うんだぜ? そんな家族がいるんならどうとでもなったろうに、くそっ」
彼は話し終えると煙草を吸い始めたが、ひどくまずそうな顔だった。