五十六話 お題:胡弓 縛り:本陣、講和
大学で日本の民話を研究していた時に見つけた話である。昔ある合戦場に一人の胡弓弾きが現れた。彼の引く胡弓の音は見事すぎて人のものとは思えないほどで、弾いて歩くと武士や足軽が皆聞き入ってしまって合戦にならない。胡弓弾きは合戦場を一人で歩いているにも関わらず傷一つ負うことなく一方の本陣に入り、その場でしばらく胡弓を弾き続けたあと、総大将に気も落ち着いたでしょうしそろそろやめにしませんか、と敵との講和を勧めたという。総大将は初め渋っていたそうなのだが、自分の軍も敵の軍もすっかりやる気を失っているのを見てこれはもう仕方ない、と胡弓弾きの言葉に頷いたという。それを聞くと胡弓弾きは今度はもう一方の本陣へ歩いていくと、そこでもしばらく胡弓を弾いて同じように総大将に講和を勧めた。そちらでも総大将は胡弓弾きの言葉に頷き、結局その場で講和が成立することになった。たった一人で合戦を止めた胡弓弾きの話は各地に伝わり、自分の腕に自信を持つ無謀な胡弓弾きが次々と同じことに挑戦したのだが、当然できるはずもなく皆合戦場で殺された。その後合戦を止めた胡弓弾きが現れたという話はなく、人であったのか、それともそれ以外の何かだったのか、正体は謎のままである。