四十二話 お題:含羞 縛り:栽培漁業、虫籠、柴犬、已む無き、通分
友人から聞いた話である。彼は子供の頃、人食い鬼に出会ったのだそうだ。
「実家がすげぇ田舎なんだけど、家の裏にでかい山があってさ、飼ってた柴犬を散歩させるついでに虫籠持って虫取りとかしてさ、楽しかったよ」
彼が人食い鬼と会ったのは普段入らない山の深いところに入ってしまった時で、生い茂る大量の草に阻まれて先に進めず、引き返そうとしたところ、
「ちょうど通りかかったみたいな感じでさ、体が真っ白で背が高くて手足が長くて、口は耳まで裂けてたけどなんか目が優しげでさ。でも流石に驚いて突っ立ってたら、わざわざ向こうから坊主、逃げないのかって聞いてくれてさ」
それで言葉が通じるとわかった彼は、なんとその場で話を始めてしまったのだという。
「そいつが人食い鬼だってわかったのは自分から話してくれたからなんだよな。鬼とか言ってるけど、頭はすごくよくてさ。俺なんか分数の通分でつまづくような頭しかないけど、気をつかってわかりやすく話してくれたなぁ」
その人食い鬼は礼儀正しく、彼の質問に丁寧に答えてくれたのだという。決して手当たり次第に人を食べるわけではなく美味そうな人間を選んで食べることや、時には子供をさらって成長した時に味がよくなるよう処理をしてから放し、大きくなったところで仲間にさらってこさせ食べることなど、想像もしなかった話ばかりで感心しきりだったという。
「まぁあれだ、栽培漁業みたいなもんじゃないかな、ある程度のところまで育てて放してまた獲るみたいな。その話を聞いてやっと自分も食べられるんじゃないかってことに気づいてさ」
彼は震えながら、自分のことを食べるのか、と目の前の人食い鬼に聞くと、人食い鬼はお前はあまり美味そうじゃないから食べないよ、と答えた。
「ほっとしたけど、面と向かって美味そうじゃないって言われると意外にショックなんだよな。結局それで話を切り上げて家に帰ったよ」
彼は今も時折、人食い鬼達に食べられてしまう人達のことを考えては、何もできない自分を恥ずかしく思うそうだが、とはいえ彼一人で人食い鬼達をどうにかできるはずもなく、已む無きことなのだ、と割り切るという。