二百二十八話 お題:景気 縛り:索漠、失政、無欲
同僚の話である。彼は酒癖が悪く、酔うといつも近くの人を捕まえて政治への不満をがなり立てていたのだが、最近それが見られなくなったので何かあったのかと聞いてみると、
「あぁ、まぁ、ちょっとあってな」
私が詳しく聞かせろ、と言うと彼は渋々話してくれた。
「二週間くらい前かな、飲んで家に帰る途中で転んじまったんだけど、立ち上がろうとしたら足に力が入らないんだよ。それでしょうがないから座り込んで休んでたら」
通りがかった男性が、どうしました、と声をかけてきたのだという。
「わざわざ声をかけてくれたのに、俺酔ってたせいでひどいこと言っちまったんだよ。俺のこと馬鹿にしてんのか、とか、見せもんじゃねぇぞ、とか。でもその人全然怒らないで黙って立ってるんだよ」
彼は最初その男性を罵っていたが、段々と政治家を罵るようになり、やがて罵る対象は政府の景気対策になった。彼が大声で政治への不満をがなり立てていると、不意に男性が、
「ずいぶん索漠とした様子ですが、政府の失政を堂々と罵れるだけ幸せじゃないですか」
と呟いた。
「俺が喧嘩売ってんのかこの野郎って言ったら、その人、私は政府を批判したせいで殺されたんですよって言って消えちまったんだよ。思い返してみると帽子が山高帽だったり、羽織ってるのがコートじゃなくてマントだったりしたから、やっぱり昔の時代の人だったんだろうなぁ。無欲そうな本当に穏やかな人でさ。その人と自分を比べてみたら、恥ずかしくなっちまったんだよ」
昔はああいう人が政府に文句言っただけで殺されちまったんだもんなぁ、と彼は切なげに呟いた。




