二百十七話 お題:夜更かし 縛り:スイミング
従兄から聞いた話である。従兄は泳ぎが上手で小学生の頃は水泳の県大会に出たりしていたのだが、ある時突然水泳をやめてしまった。別に故障した訳でもなく、一体何があったの、と従兄に聞いてみると、
「……あぁ、スイミングの合宿でひどい目に遭ったんだよ」
従兄はそう言って話し始めた。その合宿はいわゆる選手用の強化合宿で、従兄は他の選手達と毎日ハードな練習を行っていたという。
「合宿に来た選手達は男女に分かれて大部屋で寝るんだけどさ。普段なら練習でクタクタだからすぐ寝られるのに、その日は何故か目が冴えて中々寝られなかったんだ」
従兄が起きたまま布団の中でじっとしていると、大部屋に誰かが入ってきた気配があった。
「コーチが見回りに来たんだなと思ったんだけど、なんか変なんだよ」
なんでも人が歩く音と一緒に、液体が揺れる音がしたのだという。そして時間が経つにつれて、ある臭いが強くなっていったそうだ。
「灯油の臭いがどんどん強くなっていったんだよ。これは流石に狸寝入りしてる場合じゃないと思って布団一気にまくって立ち上がったら、ちょうど火のついたライターが床に落ちるところでさ」
灯油が部屋中にまかれていたのか、火は一瞬で広がったという。
「部屋から逃げ出す前に、火で照らされたコーチの顔を見ちまってさ。いつも通りの顔だったんだ。俺達の練習を見てるみたいな、いつも通りの」
放火したコーチは死亡し、選手達にも死傷者が多数出たため、程なくして従兄の通っていたスイミングスクールは廃校になったそうだ。なお従兄はそれ以来旅行先で夜眠ることができなくなったという。




