二百九話 お題:呼吸器 縛り:なし
私はバーを経営しているのだが、先日来てくれたお客さんの話が中々に壮絶だった。
「俺、双子の弟がいたんですよ。死んじゃったけど。それも無駄死にですよ、完全な無駄死に」
弟さんに一体何があったんですか、と私が聞くと、
「元はといえば俺が悪いんですよ。肺の病気になって、助かるには肺移植しかないって言われて。それ聞いてうちのお袋おかしくなっちまったんですよ。俺が入院してる病院に弟連れてきて、医者の目の前で弟の首切って殺したんです。それで、先生新鮮な肺です、しかも双子の弟の肺です、これで助かるでしょう、これを使えばこの子は助かるでしょう、って……」
弟さんの肺はどうなったんですか、と私が聞くと、
「無駄でした。まぁ当然ですよね。準備も何もできてないのにいきなり弟を殺しちまったんだから。その上俺、治っちゃったんですよ、移植なしで。馬鹿馬鹿しいですよねぇ。弟は、本当に何の意味もなく死んだんだ、でも俺はこうして何事もなく生きてる。ヒヒヒ、馬鹿げてるよ、なんだよこれは、一体なんなんだよ……」
男性は酒を何杯も注文しておきながら、それらに一切口をつけることなくお金だけ払って店を出ていった。




