二百二話 お題:組み伏せる 縛り:水先案内、女性
親友から聞いた話である。彼の仕事は水先案内なのだが、ある時港で様子がおかしい女性を見かけたのだという。
「コンテナターミナルにワンピース着た女の人がいるもんだから、そりゃもう浮いてたね。しかも酔っ払ってるみたいにフラフラした足取りで海の方へどんどん歩いていくんで焦ったよ」
彼はその女性が自殺志願者だと思い、慌てて駆け寄ると地面に組み伏せようとした。だが、
「手は空を切って、僕一人がその場に転んだだけだった。彼女は幽霊だったんだよ」
以来、彼はその女性の幽霊に悩まされることになったそうだ。
「彼女は僕の目の前で自殺を繰り返すようになったんだ。多分僕に助けてもらいたいんだろう。でも僕には彼女は助けられないし、幽霊だとわかっていても目の前で女性がビルから飛び降りたり、電車に飛び込んだりするのはとても辛い。最近はそれのストレスのせいか酒の量が増えてしまって、いや、よくないとはわかっているんだが」
私が、その女性の幽霊と関わったことを後悔しているか、と聞くと彼は、
「まさか。私は人を助けようと行動した。どうしてそれを後悔する必要がある?」
と即答した。それを聞いて私は改めて彼という親友を持てたことを誇りに思った。




