百九十六話 お題:圧力 縛り:空振り、談判、閑中、送り状、侍医
医者をやっている友人から聞いた話である。彼は有名な大学病院の勤務医から宮内庁の侍医を経て現在は開業医という順風満帆な人生を送っているのだが、ある時あまりにも悪質な犯罪行為に巻き込まれたのだという。
「ある日家に荷物が届いたんだが、中身が大量の毒薬だったんだ。送り状の品名のところにはパーティーグッズと書いてあって、ご丁寧に直筆の手紙まで同封してあった」
手紙には筆跡をごまかすためか不自然に角張った字で、
『当方現在閑中につき、世を面白くするための色々な催しを行おうと考えております。つきましてはお医者様にお送りした毒薬を患者連中に処方して頂きたく存じます。どうか一緒に世を面白くして参りましょう』
と書かれていた。
「もちろんすぐに警察に通報したよ。だがその後がよくなくてね」
通報して数日後、彼のところに彼が住んでいる県の県警の本部長から電話があったという。
「直接会って談判したいと言うんで会ってみたら、我々は先日の件をこれ以上捜査することはできない、と言われてね」
彼は何故捜査できないのかと県警の本部長を問い質したが、捜査できないことをあなたに伝えるのが我々の最大の誠意だ、と言われ引き下がるしかなかったそうだ。
「私の方でも調べてみたりしたんだが、ことごとく空振りでね。私のところに送られてきた毒薬を全て使えば、それこそ何千という人が犠牲になっただろう。にも関わらず捜査することができないとは……一体、どこからの圧力がかかればそんなことになるのか、想像もできない」
なお彼が巻き込まれたこの一件は週刊誌に記事が載ることすらなかったという。