百九十三話 お題:肌触り 縛り:壮烈、熱り、ガラス張り
市議を辞任した友人の話をしようと思う。知り合った時彼は選挙活動中で、話してみると彼の理想の高さと熱意の大きさに、これはまた壮烈な青年が出てきたな、という印象を抱いたのを覚えている。そんな彼だが市議に当選してしばらくの間は充実した様子だったものの、次第に仕事に対する不満を私にこぼすようになった。彼が不満をこぼす度に私は彼を励ましたが、ある時とうとう、
「俺はもう市議を辞めようと思ってる」
と打ち明けられた。ちょうどその頃彼の汚職疑惑が持ち上がったため、私は彼に熱りが冷めるまでどこか山奥にでも引っ込んで清遊してきたらどうだと勧めた。彼は市議を辞任すると、私の勧め通り東北の山間部に暮らす知人の下で新しい生活を始めた。私は旅行がてら彼の様子を見に行こうと思い、その知人の家の住所を教えてもらって遊びに行ったのだが、
「やぁ……よく来たなぁ……お前も一緒にどうだ、気持ちいいぞぉ」
彼は変わり果てていた。彼は知人の家のガラス張りの一室で、巨大な綿のようなものに抱き着いてそれにずっと頬ずりをし続けていた。知人曰く、その巨大な綿のようなものは特別な種類の羊の毛で作られた一種のストレス解消用の道具で、抱えているストレスが大きければ大きいほど心地よい肌触りに感じるらしいのだが、彼がここまでのめりこんでしまうことは完全に想定外だったらしい。
「俺は馬鹿だ。本当に馬鹿だった。頑張っても、どんなに頑張っても報われなかったのに、今はこれを撫でているだけで幸せになれる。これが幸せだ。これが俺の幸せだったんだ……」
虚ろな目で呟き続ける彼の姿と、若き日の熱意に燃える彼の姿。そのあまりの落差に、私は思わず目頭が熱くなった。