百八十九話 お題:引き幕 縛り:胃袋、ルアー、可否、労働条件
知人の男性から聞いた話である。彼は休日はどのようにすごしていますか、という質問に対して労働者の労働条件の向上を訴えるデモに参加しています、と答えるような変わり者で、一緒に酒を飲んでいてもいきなり日本の快適な生活が労働者の過酷な労働によって支えられていることの可否について語り出したりするので正直つきあい辛いのだが、そんな彼が、
「なぁ聞いてくれないか。この間嫌なことがあってさ」
と珍しく気落ちした様子で言ってきたので、一体どうしたと聞いてみると、
「この間マジックショーを観に行ってきたんだけど、そこで事故があったんだ」
なんでもその事故はマジシャンが舞台の上でルアーを何個も飲み込んだ後、口の中からルアーを出してみせるというマジックの際に起きたそうだ。
「飲み込んでる時は何も起きなかったんだけど、ルアーを口から出そうとした時にマジシャンが急に腹を押さえて苦しみだして、しかもその苦しみ方が尋常じゃないんだ。それこそ胃袋にルアーの針がいくつも刺さった、って感じだったんだよ」
スタッフが急遽引き幕を引いたものの、引き幕越しでもマジシャンの絶叫とのたうち回る音ははっきりと聞こえたという。
「あんなに苦しんでる人を見るのは生まれて初めてでさ……なんていうか、本当に衝撃だった」
私が彼に意外と繊細なんだな、と言ったところ、彼は顔を真っ赤にしてどういう意味だ! と怒った。