百八十話 お題:雅語 縛り:燃え尽き症候群、Jリーグ
知人の元サッカー選手の話である。彼はJリーグの強豪チームでプレーしていたのだが二年前に引退し、そのことが原因で重度の燃え尽き症候群になった。
「毎日毎日遅くまで飲み歩いて、家に帰ったら嫁さんと喧嘩して……思い出したくもないよ」
そんな彼だが、ある出来事のおかげで完全に立ち直ることができたという。
「その日もずーっと飲んでて、気がついたらサッカーボール抱えて家の庭で寝てたんだよ。なんでわざわざボールなんか抱えてるんだって思いながら体起こしたら」
彼は自分の側に少年が立っているのに気がついた。
「なんかこう、着物とも違う時代がかった服っていうのかなぁ。そういうのを着ててさ。俺の抱えてるサッカーボールをじーっと見てるから、お前サッカー好きなのかって聞いたら」
少年は彼に何かを言ったが、彼にわかったのはそれが恐らく日本語の一種である、ということだけで意味は全くわからなかった。
「まぁとにかく動きを見せてやればわかるかと思って、リフティングを見せてやったんだよ。そしたら目の色が変わってさ」
彼はリフティングをやめると、少年にボールを差し出した。少年は笑顔でそれを受け取ろうとしたが、ボールは少年の手をすり抜けて地面に落ちた。
「そいつ笑ってたのに、一気に泣きそうな顔になってさ。手でもボール掴めないし、足で蹴ろうとしても足がボールをすり抜けちまうんだよ。泣きそうな顔で何度も何度も蹴ろうとして、でも駄目で、とうとうそいつ声上げて泣き出しちまってさ。そのまますーっと消えちまったんだよ」
その瞬間、彼は自分が今までどれだけ馬鹿なことをしていたかに気づいたという。
「プロを引退したって俺にはまだちゃんとボールを蹴れる両足がある。そんなことすらわかってなかったんだ。ほんといい歳して何やってんだって話だよ」
それ以降彼は酒をすっぱりとやめ、現役時代並みの厳しいトレーニングを行って体を作り上げ、現在はリフティングパフォーマーとして活動しているそうだ。