百三十九話 お題:ハーケン 縛り:行き交う、一親等、出産
男友達から聞いた話である。彼は大学の山岳部に所属しているのだが、最近その山岳部で大事件が起きたのだという。
「女子に一人すごいお嬢様がいてさ。最初は皆すぐやめるだろうって言ってたんだけど、根性半端なくてどんどん実力をつけていったんだ。それで先輩達とある山に挑戦することになって」
その山には多くの登山客が行き交う簡単なルートやハーケンを使わなければ登れない難しいルートなど様々なルートがあり、その子が先輩達と挑戦したのは一番難しいルートだったという。登り始めは順調だったそうなのだが、後半にさしかかるにつれてどんどん苦しそうになり、ついに、
「滑落しちまったんだってさ。体を支えられなくなって落ちた勢いでハーケンが抜けたんだと。それで一緒に登ってた先輩達が急いで落ちた方に下りていったら」
そこには滑落した子の姿はなかったという。先輩達は急いで警察に連絡し、すぐに捜索が行われたのだが見つからなかった。
「でもある日ひょっこり戻ってきてさ。最初は皆よかったよかったって喜んだんだけど、その子すっかりおかしくなってたんだよ」
その子曰く自分は山の神に気に入られて夫婦になり、子も孕んだが山の神の怒りに触れたため離縁され、山を下りたとのことだった。
「その子、本当に妊娠しててさ。周りが堕ろせって言っても出産するって聞かないらしい。もっとひどいのはその子の親の財産を狙ってるやつらが騒いでるんだ。大金のためとはいえ狂ってしかも妊娠してる女の面倒を見なきゃならないのかって。その子の親の一親等以内の親族っていったらその子しかいないからさ」
彼は苦しそうに、俺その子のこと結構好きだったのに、と呟いた。彼の目に涙が滲んでいたので、私は黙って彼の肩に手を置いた。