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百三十一話 お題:懸隔 縛り:筆触、生い立ち、合成、投獄、用立てる
ある男の話をしようと思う。彼には素晴らしい絵画の才能があった。彼の一見荒々しいが描くものの特徴を確かに捉えた筆触に私は心を奪われたのだ。しかし彼の才能に反して、その人生は幸福とは言えないものだった。彼の生い立ちは悲惨なもので、薬物に依存した両親から保護されて児童養護施設に入所し、施設を出た後は仕事をしながら絵を描いていたのだが、中々その出来に見合った評価はされず、そのことで次第に追い詰められていった彼は化学的に合成された麻薬に手を出し、両親と同じように依存症になって逮捕、投獄された。私は彼の保釈金を用立てると、彼に、
「希望を捨てるな、きっと君が認められる日は来る、その時まで決して諦めるな」
と言って励ました。彼は私に、
「あんた一体誰なんだよ。なんの得があって俺にここまでしてくれるんだよ」
と言った。私は彼のことは全て知っている。それに保釈金程度惜しくもなんともない。私は彼と彼の作品を、どんな代価を払ってでも、ずっと、ずっとずっと鑑賞し続けたいのだ。