百二十九話 お題:柔 縛り:猛然、金目、上の空、前兆
友人から聞いた話である。彼は学生の頃バックパッカーをやっており、世界中を旅して回っていたのだが、ある国ですごい人に出会ったのだという。
「ぱっと見はただの浮浪者の爺さんなんだけどさ。その爺さん、触ったものをなんでも柔らかくしちまうんだよ。試しにその国の硬貨を渡してみたらクニャクニャにしちまってさ。ほんとびっくりしたよ」
その老人は手品師だったのか? と私が聞くと、
「いや、多分違うと思う。っていうのも俺その爺さんに命を救われたんだよ」
どういうことだろうと思い、詳しい話を聞いたところ、
「その日は朝からなんか嫌な感じがしてさ。今思うと一種の前兆だったんだろうな。泊まってる宿を出て、街をブラブラしてたら爺さんを見かけたから声をかけたら、なんか上の空でさ。普段だったら笑って返事してくれるのにどうしたんだろうと思ってたら、今日君に悪いことが起こりそうな気がするんだ、って真顔で言ってきて。そのすぐ後だったな」
知らない男が彼に近づいてきたかと思うと、拳銃をつきつけ、金目のものを出せ! と脅してきたのだという。
「まぁ治安のよくない国ではあったんだけど、まさか白昼堂々拳銃つきつけられるとは思わなかったよ。もう頭の中真っ白で、完全に固まってたら」
彼と話していた老人が猛然と男に襲いかかり、男の手足をあっという間に全てねじ曲げてしまったのだという。
「まぁ曲げられた方はたまったもんじゃないよな。泣き叫びながらなんだかわかんないことをずっと言ってたよ。それで騒ぎが落ち着いてから爺さんにお礼のつもりで金あげられるだけあげようとしたらさ」
老人は彼に、
「君は私の大切な友達だ、友達の命を守るのは当たり前のことで、一々お礼をもらうようなことじゃない」
そう言ったのだそうだ。
「多分俺、一生あの爺さんよりカッコいい爺さんには会えないんだろうなって思うよ」
言ってから彼は、何かに思いを馳せるような、そんな目をした。