百十四話 お題:サーキュレーター 縛り:神輿、ディレッタンティズム、おみおつけ、足湯、腫れ
知人から聞いた話である。彼はディレッタンティズムの権化のような男で、親から相続した多額の遺産で気に入った美術品を買い漁り、知り合いを家に招いてはその自慢をするという大変趣味の悪い行いをしているのだが、ある時足を悪くしたというので原因を聞いてみると、
「いや、それが珍しいものを見たのさ。ある旅館に泊まった時のことなんだが」
そこは彼が行きつけにしているところで、温泉もさることながら食事の際に出てくるおみおつけが大変美味しいのだそうだ。彼がその旅館で普段通り楽しくすごしていると、不意に目の前に奇妙なものが現れたという。
「それを見たのは旅館のロビーでね。なんと何匹ものネズミが二本足で立って神輿を担いでたのさ。信じられるかい? いや、信じられないだろうな。僕だって人から言われたら信じないさ。でも実際に僕は見たんだ」
神輿を担いだネズミ達はどうやら彼にしか見えていないらしく、ロビーにいる他の客は気にも留めない様子だったという。
「ネズミ達は小さな体で頑張って神輿を担いでいたんだが、それを見ているとなんというか、悪戯心がわいてきてね。何かいいものはないか、と探していたら」
ロビーには空気を循環させるためのサーキュレーターがあった。彼はそれの位置と角度を調整し、ネズミ達に風が当たるようにした。
「風が当たるとネズミ達はバランスを崩して倒れてね。あぁ、やっぱりこのネズミ達はちゃんと存在しているんだと感動していたんだが、思わぬ反撃を受けてしまったよ」
ネズミ達は彼が自分達に風をあてた犯人だとわかったらしく、担いでいた神輿を彼に向かって放り投げたのだそうだ。
「驚いてしまってよけることができなかったんだよ。足に当たって、当たったところに腫れができてね。歩くと痛いし熱も持ってるし、しかもどこの医者に行っても治らない。とはいえその温泉は足湯もやっていてね。これがまたいいんだ。まぁ温泉に行く理由が一つ増えたと思って気長に治すさ」
全くどこまでも小憎らしい男である。