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九話 お題:天祐 縛り:長径、伸長、音節、お端折り、舟
母が子供の頃の話である。今でこそ大柄で和服を着る時ある程度の大きさの着物でないとお端折りが作れない母だが、子供の頃は体が小さく病気がちだったという。そんなか弱い子供だった母はある時、いわゆる変質者に会ったそうだ。一見おかしなところはなかったそうだが、二人で舟に乗って海に出ようと言われ、実際に舟に乗せられそうになったらしい。恐怖から母は持っていた丸い手鏡を全力で握りしめた。ふと母が手鏡を見ると、円形の手鏡が横に伸長し長径と短径のある楕円形に変わった。それを母は鏡が笑ったと思ったそうだ。気がつくと、母は自分の家の前にいた。側にはまだ変質者がおり、送り届けてくれたらしかったが目つきが先程とは全く異なり、ほとんど眼球が裏返る寸前だったという。母が慌てて家の中に駆け込もうとすると、手元から、
「koノた助尾ヨroこ部よ雲丹(この助けを喜ぶように)」
音節毎に音程の変わるあまりにも奇怪な発音だったという。それからも度々その鏡は母を助けてくれたそうなのだが、何度笑うのと喋るのが怖いからやめてくれと頼んでも聞き入れてはくれなかったそうだ。